(2020.1.8)









 53.胸騒ぎ









なら、私の気持ちわかってくれますよね?」




縋りつくようにしがみつく腕。

訴えかける視線。

その言葉が意図することがわからないほど子どもではなかった。


『 ――お前の両親が遺した“可能性”を儂が使ってやると言っている 』


そうか。

あの時、聞いていたのか。

ガンダラ要塞でナハティガルやジランドを逃がすまいと対峙したあの時。

吐き捨てるようにして言われた言葉を、エリーゼは聞いていたのだろう。

直接的なことを言わずとも、なんとなく“の両親はもういない”ことを感覚的に察していたのだろう。

胸が詰まった。


「……」


“同じ境遇”に安堵し依存しようとする彼女に、気のきいた言葉をかけてやれるほど大人にもなれなかった。

突き放すことはしない。

ただ、かけてあげられる言葉を振り絞るだけの余裕もなかった。

ぐっと押し黙ったに共感を得られていないと感じたエリーゼの心境はどんなものだっただろうか。


「もう、知りません!」


遠ざかる背中を見つめて友達の為に何もできない自分に悔しさが支配する。


…」

「うん」


大丈夫、と心配するように背中に当てられる手のひらが温かくて、じんわりと熱と気持ちが伝わって来て、気を緩めたら目頭が熱くなるのをぎゅっと堪えた。




 +




シャン・ドゥの街に戻ってきた一行は本調子じゃないとエリーゼの事もあり、休んでから翌日に行動しようという話でまとまった。

そもそもの約束であった闘技大会で優勝すればワイバーンを貸してくれるといったものは結果的にいい方に進めてくれていたようで、ユルゲンスには感謝しきれない。

しかしワイバーンを手に入れたからと言ってもこのご時世、空を自由に飛べるわけではないらしく、空を飛ぶためには王の許可が必要のようだ。

翌日ユルゲンスは首都であるカン・バルクのア・ジュール王に会いに行き直接許可をもらいに行く、と全員に告げた。


「ジュード、は?」


話はまとまり、明日までの時間を自由に過ごすことになった面々だったが、戦いの疲れもありそのほとんどが宿で過ごした。

も口では「平気よ」「問題ないわ」の一点張りだったが、横になってみると息はすぐに規則的なものとなり目を閉じるまで時間はかからなかった。

ジュードは苦笑しながら幼馴染に肩をすくめる。


「病み上がりだったし無理してたんじゃないかな。さっきようやく休んでくれたよ」

「よかった~。やっぱ、こういう時のジュードだね」

「あはは。ただの研修医ってだけなんだけど」

「じゃなくって、ジュードだったからも素直に話を聞くってこと」


私じゃなんだかんだ言いくるめられるのがオチだもんとレイアは笑う。

そうだろうか、とジュードは瞬きをして思い返してみる。

そして少し考えて「って、僕はの監視役じゃないよ?」と腑に落ちないジュード。

そんな彼に幼馴染はへらへらと笑うばかりであった。


「増霊極について気になることがあるのですが」


物思いにふけていたローエンがふと口を開く。


「ナハティガルがガンダラ要塞で行っていた実験…あれは増霊極を使用するための実験だったのではないでしょうか」

「増霊極がすでにラ・シュガルに渡っているというのか?」

「そう考えるべきでしょうね」

ならもしかして何か知ってるのかな?イル・ファンで出会う前はガンダラ要塞にいたって言ってたし」

「聞く価値はあるな。それに、先程の話だと増霊極についての調査には同行している」

「あ…」


王の狩場でのジャオとの話を思い返しジュードははっとなる。

あの時の話が本当であればアルクノア時代、はアルヴィンと共に王の狩場に行き、研究所から増霊極について調査していたことになる。

考え込んでいたミラがふと顔を上げ、アルヴィンを見た。


「ご明察。おチビの記憶力は何の証拠も残さない便利な能力だからな。俺はその護衛役」

「となると情報はラ・シュガルに伝わったとみてほぼ間違いないでしょう」

「…増霊極はエリーゼみたいな子供でも魔物と戦えるようになるものだよ。大丈夫かな」

「両国の兵が増霊極をもって争えば、かつてないほどの惨事が待っている」

「本当にそんな戦いが始まるの?」


レイアが眉を顰める。

両国ともに増霊極を使えばミラの言う通り争いの規模は拡大し、その被害も絶大なものになるだろう。

人だけでなく多くの精霊や微精霊が死に追いやられ、その均衡はバランスを崩してしまう。

ものすごいことが起こるのではないかという漠然とした不安がそれぞれの胸に過った。

ナハティガルには踏み切れる理由…クルスニクの槍がある。

いつ戦争が始まってもおかしくない状況なのだ。


「そろそろ私も、覚悟を決めなくてはいけないか」


ひとりごとのようにミラが言った。

クルスニクの槍の破壊の事も、それ以外の事も。


(奴等がクルスニクの槍や増霊極について知っているを野放しにするはずがない)




『 まぁよい。何れ戻ってくることになる 』




記憶が確かであればガンダラ要塞で対峙したあの時、ナハティガルは戦意喪失したにそう言い残している。

一時は泳がせておくが、彼女の思いとは関係なく取り込もうとしているかのような物言いだった。

彼女にはまだ何かある。

黒匣の兵器を体に埋め、生き長らえているという彼女。

強引にその縁を断ち切ったつもりでも、彼女が思っている以上にそのしがらみは頑丈で容易には振りほどけないもののようだ。


(胸騒ぎがするな)


言葉に出来ない感情に戸惑いながらも、ミラは友を想い決意を固めた。




 +




「――」


音が鳴った。

冴えない頭にはそれが酷く鈍く聞こえて、言葉なのかどうかすらも判断がつかない。


「―、―」


魔物のうめき声なのか、人の声なのかも聞き分けられない、音。

静かな夜にやけに耳に残った。


(誰?)


は心の中で言葉を唱えた。

声に出してしまいたかったのに喉は空気を通っただけで声になることはなかった。

本調子じゃない体がぐったりと水に濡れた様に重たい。

体が言うことを聞かない分、思考を巡らし、意識をその奇妙な声の方へと集中させた。

微かに人の気配がする。


「…で…わた……は……せに…な…ゆる……て」


――これで私は幸せになれる。許して。


「――!」


はっとなって飛び起きたと同時に心臓部分に電気ショックのような衝撃を受ける。

精霊術とは異なる発光。

ジジ、という電子音。

心臓部分に埋め込まれた“どちらかの”機械に間違いなく影響を与えるような痛み。


「ぐっ…」


電気が弾けたような音と痛みには胸を抑えるようにしてベッドにうずくまることしかできなかった。














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