(2020.1.8)
54.嘘を呑む
突然の事で頭がフリーズする。
兎に角たった今目の前で起きたことを整理しようと犯人を目で探すが、視界が悪く闇も深まっていたことから顔までは見ることが出来なかった。
起こったことを順に整理すると、大事を取って先に休んでいたところに突然の訪問者が現れ、何かしらの襲撃にあったというところ。
ジジ、という精霊術とは異なる音、発光を浴びては一瞬怯み、胸元の違和感を抑え込むようにうずくまった。
「何!?さっきの音!」
「、無事?」
ばたばたばたと騒ぎを聞きつけてレイア、ミラ、そしてジュードが駆けつける。
ぱちん、と明かりがついて思わず目が慣れずに眩んでしまった。
「。何があった?」
「わからない。突然誰かに襲われて…電気ショックみたいなのを浴びた気がするんだけど」
誰かがこの場所にいたことを知り、レイアは棍を構えたまま廊下や窓から外の様子を確認する。
しかし、完全に逃げ去ってしまった後だったのか手掛かりらしい手掛かりは何一つなかった。
「アルクノアか」
「気が動転してて顔までは。…ごめん、油断してたわ」
「異常はない?痛いところとか」
「あっ!私が確認するよ」
胸を押さえつけたままだったを気にしてジュードが問う。
勝手に胸元を確認するわけにもいかないジュードのかわりにブラウスのボタンをはずして、レイアが胸元を確認した。
注意してみるのは電気ショックのようなものを浴びたという付近。
看護師見習いとして働いていた時を思い出し注意深く観察する。
に配慮してジュードは背を向け、レイアとミラの言葉を待っていた。
なにも、ない。
痛みがあったのはあの一瞬だけで外傷らしい外傷も見当たらなかった。
「怪我は、してないみたい」
「よかった。でもこの後なにか症状が出ることがあったらすぐに知らせてね」
「ええ。…すぐに駆け付けてくれたから未遂で終わったのかも」
「そうだといいんだがな」
ミラは表情が曇ったままそう答える。
アルクノアの動きが気になっている今、どんなものであっても敏感になるのは当たり前の事だ。
「また来ないとも限らないから、今日は誰かと一緒の方がいいね。レイア、お願いしていい?」
「うん!エリーゼはローエンがついてくれているし、問題ないと思う。待ってて、用意するから」
「ありがとうレイア」
ぱたぱたとレイアが自室に戻っていくのを見送る。
まわりを見渡してみても先ほどまでの嫌な気配はない。
それどころか周りがやけに静まり返っていて、吸い込んだ空気まですん、とした。
(あれ――)
あぁそうだ。
何かがおかしい。
違和感が体中を駆け巡る。
思わず自分の指先を見つめてぱちぱちと2回瞬きをして、あることに気付く。
(マナが、感じられないんだ)
今まで感じていた体をめぐっていた感覚を見失う。
頭の先から爪先まで神経を集中させてそれを探すのにどこにも感じられない。
あれほど苦しめられていたマナ酔いの感覚が一気に消えて、体が軽い。
言ってしまえば“元通り”の感覚。
今となっては当たり前になってしまっていた感覚が無くなり、違和感を覚える。
あれほど悩まされていたものが一気に解消したというのに、不安が募った。
「…」
「やっぱり、どこか気になるところがあるの?」
ジュードが言う。
声の方を見上げるとぱち、と似た色の目線が交わる。
曇りのない琥珀色の瞳がまっすぐにの瞳を射抜く。
ただそれだけの事なのに、バツが悪い気持ちになるのは何故だろうか。
いつもは大助かりな彼の観察力が、この時ばかりは恨めしく思った。
脳裏に2つの選択肢が浮かぶ。
言うか、言わないか。
ただそれだけの事なのに、色々な不安や焦燥にかられる。
増霊極の調子がおかしいの。
マナが感じられない。
今まで感じていた精霊の気配がわからない。
精霊術が使えない。
――だって私はリーゼ・マクシア人じゃないから。
霊力野だって退化してるし、本当は精霊術だって使えない人間なんだ。
ぎゅ、と胸が詰まった。
唇が震える。
なかなか決心がつかなくて沈黙の時間が伸びていく。
彼の目が何かあるんじゃないかと険しくなっていく。
それなのに。
(拒絶されるのが、怖い)
そんなことする彼でないと頭でわかっているはずなのに、恐怖が支配する。
まだここにいたい。
仲間でいたい。
そう思えば思うほど雁字搦めになっていく。
「…なんでもない」
呟くように発せられた言葉は不自然なほど震えてしまった。
たった6文字の言葉を絞り出すのにかなりの時間を要した。
「…」
すぐにばれる子どものような嘘を、ジュードは心配そうな表情のまま「そっか」と静かに返した。
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ぽちり