(2020.1.9)
55.深まる友情
精霊信仰が強い国であるア・ジュールの首都というだけあって、カン・バルクの街並みにもその信仰深さが如実に出ていた。
シャン・ドゥよりも西北西に進んで数刻で目的の街、カン・バルクに到着することが出来たが、厄介だったのは掛かった時間よりもその環境だった。
進むにつれて上がっていく高度のせいで自然と酸素は薄くなっていくし、なにより寒さが一番堪えた。
段々と雪が視界を埋める量が増えていき、街に着くころには見渡す限りの白。
吐き出した吐息も白。
余りの寒さに一同は歯をカチカチ鳴らしていたが、精霊の主であるミラはそれすらも珍しく興味深かったのか誰よりも大はしゃぎしていたのは言うまでもない。
「まだユルゲンスさん戻ってこないのー?」
ワイバーンの使用許可を取りに行ってくれているユルゲンスを待つために一同は宿の中で過ごしていた。
王の謁見は我々だけでなく街の民も日々訪れているようで、長くなってしまうだろうから、というユルゲンスの計らいであったが、王は目と鼻の先だというのにじっとはしてられない。
ミラあたりは直接乗り込もうと位思っていただろうからユルゲンスの好意を無下にしてはいけないとジュードが引き留めて今に至る。
待合室に合った適当な本で読書中のジュードは退屈でしょうがない幼馴染に「まだだよ」と淡々と返した。
「ねぇエリーゼ!街の観光でもしよーか?ほら、も空中滑車気になってたみたいだし」
「確かに、あれは近くで見たいかも。ねぇエリー、一緒に行かない?」
「……」
「エリーゼさん行ってきたらどうですか?」
エリーゼは王の狩場を出た以降ずっと不貞腐れたままで、これだけ話しかけてもなお頬を膨らませ鬱陶しそうにしている。
ここへ向かう道中もレイアが気にして声を掛け続けていたがそれはもう目を当てられないほどの無視っぷりで、段々とレイアの方が気の毒に思えるほどだった。
いつもならも「なんで私まで」と言いそうなところだったが、巻き込んでみれば快諾。
ローエンの後押しもあったが、彼女の反応は変わらずだった。
「じゃあさ、ティポみたいにエリーゼも元気におしゃべりしない?エリーゼの口から貴方の事もっと教えて欲しいなー」
『レイアは煩いなー。皆の足をいっつも引っ張ってるくせに』
空気が凍るとはまさにこのことだと思った。
レイアがわずかに「え」とこぼした後はその場にいた全員が手を止めて2人に注目した。
それもそのはず、ティポが発する言葉は全てエリーゼの本心であると皆が知っていたからだ。
「エリー。言っていいことと悪いことがあるよ」
「エリーゼ、言いすぎじゃないか?謝った方がいい」
ショックを受けて言葉を失ってしまったレイアを守るようにとミラが仲裁に入るが、エリーゼは意固地になるばかりで「みんなして…」と呟いたかと思うとティポを抱えたまま部屋を飛び出してしまう。
アルヴィンが慌てて声を掛けたがそれに対しての返事があるわけもなく、足音は段々と遠く小さくなっていった。
「あ痛たた、今のは効いたな~」
「…」
「レイアさん…」
「ほら、私はいいから。エリーゼを連れ戻しにいこっ!」
にっこり笑ってはいるが、強がっていることは一目瞭然だった。
が以前彼女がしてくれたのと同じようにレイアの背に触れ「強がんないの、馬鹿」と耳打ちすると、やっぱりレイアは困ったように笑って返すのだった。
+
エリーゼはすぐに見つけることが出来た。
驚いたのはそのすぐそばにジャオがいた事だ。
なぜ彼がここに、という疑問はあったが彼が応戦する素振りを見せず、それどころか「安心せい、偶然あっただけじゃ」という言葉とともにエリーゼから離れたのを見て、ただ見守っていてくれただけなのだと気づく。
「さっきはごめんね。エリーゼ、ティポの事で寂しい思いしてたのにね。ほら、私って遠慮なくいっちゃうところがあるでしょ。許してよ」
「嫌です」
「そんなこと言わないで、ね?」
「レイアもミラも…もみんな大っ嫌い!友達だと思ってたのに!」
「エリーゼ。私はただ、貴方の事が心配で」
「嘘!私の事なんて本当はどうでもいいくせにっ!もう友達やめる!」
「――エリーゼさん!」
再び逃げるようにレイアの横をすり抜けたエリーゼを制止させたのは他でもないローエンだった。
普段聞く事がない怒声に、思わずも開きかけた口を閉ざしてしまう。
「みんな、あなたを思って優しくしているのですよ。自分の心が傷つけられたと言っていますが、貴方はどうなのですか?先程のティポさんの言葉に、レイアさんが心を痛めていることに気づいていますか?」
「レイアが…ホント?」
「あ、いや傷ついたっていうかさ、その…凹んだって言うか」
「ほんっとあの時のレイアは見るに堪えなかったよね」
「、そこはフォローしてよ…」
がっくしと気落ちするレイアになりの励ましを飛ばす。
気落ちしていたのはレイアだけではなく、エリーゼも今までの自身の言動を振り返りしゅんと頭を垂れていた。
「わたし、レイアを傷つけているなんて思っても見なかった」
「それじゃあ、レイアに謝っちゃおうか」
「でも、私レイアにひどいこと言っちゃった」
「ちゃんと謝れば許してくれますとも。それが友達です」
「ほら、一緒に行ってあげるから」
が差し出した手をエリーゼの冷たくなった手がぎゅっと握る。
全員が見守る中、エリーゼがおずおずとレイアに近づいていく。
隔離して生きてきたエリーゼにとっては友だちと喧嘩するなんてことも初めての事だっただろう。
不安そうに手を握る力を強めるエリーゼには目線を合わせてにっこりと頷いた。
「レイア、ごめんなさい。許してくれますか?」
「うん勿論だよ。…それと、にも言うことあるんじゃない?」
「あ、あの!…沢山迷惑かけてごめんなさい。まだ私と友達でいてくれますか?」
「当たり前でしょ。たった一回の喧嘩で友達やめてたら私とレイアなんて絶縁状態よ」
「そうそう!でも、これからはエリーゼの言葉でエリーゼの事もっと教えて欲しいな」
『3歳しか変わらないのに2人ともエラそうだなー!』
「!ダメティポ、喋らないで!」
「エ、リ、イ、ゼ~?」
にっこりと笑う(なんなら黒いものまで見えてきそうな形相の)レイアにエリーゼはひぃ、と肩を震わせた。
「それでも、私たちの方が年上だからねっ」
「は、はうぅぅ」
『レイア、怖っ!』
エリーゼもティポも十分に震えあがったところで、静かにその様子を見守っていたミラがふっと噴き出した。
それにつられるようにローエンやアルヴィンまでもが笑みをこぼし、一気に空気が緩和された。
一部始終を見守っていたジャオもエリーゼに「友達を大事にな」という言葉を残すとすぐにその場を立ち去ってしまった。
「ティポ、もうレイアにひどいこと言わないでくださいね」
『それはエリーゼ次第だねー』
「私は友だちの悪口なんて言いたくないんです!」
『でも、心の底では思ってるんでしょー?レイアって…』
「違います!なんでそんなこと言うの!ティポのバカバカー!」
今までずっと仲良しだった2人が口喧嘩を始める。
「ちょっと、喧嘩はやめなよ。いいって、私なら平気だから」
『もー年上ぶってお節介だなぁ』
「わ、わたしは!お節介なレイアが好きなんです!」
『…だね、今のはホントの気持ち』
「ありがとうエリーゼ。これからもお節介やいちゃうからね!」
何はともあれ一件落着。
喧嘩を乗り越えて深まる友情みたいなものを感じ、とジュードは肩をすくめて微笑みあった。
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ぽちり