(2021.1.23)
57.胸の内の祈り
少しでも気を抜いてしまうと一気に不安が押し寄せる。
まるで真っ暗闇の中、波際に立たされているようだった。
ゆっくりと満ちて、足元を撫でては引いていく。
落ち着いているようで落ち着かない。
緊張してしまっては周囲に迷惑を掛けてしまう。
だからこそ貫くのは“いつも通り”の平然だった。
少しでも踏ん張る力を抜いてしまえば、いとも簡単に攫われてしまいそうで不安定だった。
精霊術が使えなくなったあの夜からずっとだ。
原因がわからない。
けれどもきっかけはわかる。
間違いなくあの襲撃の時だ。
心臓部分に電撃のようなものを浴びて、それから様子がおかしくなった。
(呼吸して、大丈夫、ゆっくり、循環させるイメージで)
いつもならジュードやローエンに手をつないでもらって行うマナの循環。
それをは自身の両の腕を握り締めるようにして一人でこっそり行った。
仲間たちにばれないようにそっと息を整える。
大丈夫。
大丈夫。
私はまだここに居られる。
居てもいい。
…ここに居たい。
(まだ、仲間でいたい)
ぐっと腕を握る手に力が入る。
(――苦しい)
助けて。
祈るようなその言葉は胸の内にとどまったまま。
+
「どうぞお進みください。この先が謁見の間となっております」
重装備の兵士が踵を鳴らして敬礼をする。
流石に王のいる空間というのは警備が厳しいようで、王宮には至るところに兵が配置されていた。
大きな噴水のある間を超えて階段を上り進んだところで、ミラたちは兵の案内の元、王の座へと足を進めた。
「やっと王様に会えるんだね。いこいこ…ってどうしたのローエン?」
「失礼いたしました。王の謁見にぬいぐるみを持って行くのはどうかと思いまして」
そういってローエンはエリーゼと目を合わせて頷いた。
先程何か耳打ちをしていたかと思いきや、エリーゼも納得の上のようですんなりと親友であるティポを近くの兵に預かってもらうように預けている。
そうしていよいよ一直線に絨毯が続く道の先、王の玉座へと視線を移すとその傍らにいた人物に目を奪われた。
「ジャオさん…どうしてあなたが?」
「わしは陛下に使える四象刃の一人、不動のジャオじゃ」
なんと、そういうことでしたか、と柄ローエンは驚き顎を撫でた。
四象刃とはア・ジュール王の側近として名をはせる4人の戦士のことらしい。
続くように重い扉が開く音が部屋中に響き渡るとジャオの奥からは、もう一人の四象刃――ウィンガルとそしてア・ジュールの王がこの場の緊張感を一気に高めた。
「お前がア・ジュール王か」
「いかにも。我が字はア・ジュール王ガイアス。よくきたな、マクスウェル」
「お前たちは陛下に謁見を申し出たそうだが、話を聞かせてもらおうか」
「あ、はい」
ぴん、と張り詰めた空気感はまるで獲物を見る肉食獣のような気迫だった。
食ってかかるような物言いではなく、静かにそこにいる…それだけでもその存在感は十分に肌をぴりつかせた。
ジュードはその肌を刺す空気に呑み込まれそうになりながらも意を決して一歩前へと歩み出る。
「ア・ジュールで作られた増霊極はすでにラ・シュガルに渡ってると思われます。もし、両国で戦争が始まれば取り返しのつかない事態になってしまうんです。だから…ええっと」
「わたしたち、ラ・シュガルの兵器を壊そうと思ってるんです!」
「それが無くなれば、ラ・シュガル王は戦争とか始められなくなるんじゃないかって。だから、協力とか…してもらえませんか?」
あのレイアでさえも気圧されしてしまうほどの圧。
ジュードはレイアのフォローに背中を押されて何とか用件を言い終えると、睨むように真っすぐと見つめるガイアスに尻すぼみしてしまう。
決して間違ったことを話しているわけではないのに、彼の真っすぐな視線に当てられて不穏な時間がじっくりと流れた。
ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。
そうしていくらか時が経った時、ようやくガイアスが口を開いた。
「用件はそれだけか」
「ええと」
「もう一つ聞きたいことがある。王の狩場にあった施設に関してだ」
この場を納めてしまうほどの圧を薙ぎ払うように、ミラが言い放った。
王の狩場に合った施設。
そのワードを聞いて、エリーゼがぎゅっとの手を握る。
その手を握り返しながら、は真っすぐにガイアス王の反応を待った。
「ふっ、何を言いだすのかと思えば。精霊のお前に関係があるのか」
「私はマクスウェルだ。精霊と人間を守る義務がある。貴様は王でありながら民を自らの手で弄んだ。違うか?」
「その件はすべて私に任されている」
ウィンガルが口を挟んだ。
は彼を目に映してはっとなる。
その風貌、雰囲気は少し違うが見覚えがあった。
「あの研究所に集められた子どもたちは生きるすべを失ったものたちだ実験において非道な行いはしていない」
「エリーゼの扱いを見る限り、とても信じられないな」
「暴行や誹謗中傷だけでなく、監禁することも十分非道な扱いと言えるんじゃないかしら?」
がミラの後を追うように口を挟む。
びくん、と体を震わしたエリーゼの前に立つように一歩出ると、「例の被検体か」とウィンガルがジャオに問う。
それからジャオは「そしてあの娘は人型じゃ」と耳打ちしたのを聞いて、は不機嫌そうに眉根を寄せた。
人型。
そのワードに反応したのはだけではなかったようだ。
「まずはそうだな。増霊極はラ・シュガルに渡っているとみてまず間違いないだろう」
「!」
「…何故、そう言いきれる」
「…」
ガイアスはミラからへと視線をずらす。
そして射貫くように真っすぐ見つめると、その血の気の引いた顔を見て確信を得た。
「その娘が証拠だ。――そうだろう、人型増霊極の被験者であり唯一の生存者、・」
どくん、と機械仕掛けの心臓が脈をうつ。
“ 私はまだ―― ”
神に祈るような言葉は、溶けるように呑み込まれてしまった。
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