(2021.1.25)(2021.1.25)
59.背中のぬくもり
重く張り詰めた空気感は、突如飛び込んできた1人の女性の登場によって一変する。
四象刃のうちの一人、プレザ。
慌てた様子の彼女はアルヴィンと面識があるらしく困惑した表情を浮かべたが、すぐにウィンガルに促されてガイアスに用件を報告していた。
「では申し上げます。ハ・ミルがラ・シュガル軍に侵攻されました」
「なんですと!」
「村民の大半が捕らえられ、ラ・シュガルへ送られた模様。殺害されたものも大勢おります」
「殺害って…!」
「…」
驚きを隠せない面々。
捕えられた村民がラ・シュガルに送られた、という言葉には“材料”にする気だ、と気づいた。
「さらに、その場には大精霊の力と思しき痕跡が多数ありました」
「大精霊?」
「四大が解放されていれば、私が感知できないはずがない。…まさか、クルスニクの槍の力が…?」
「つまりナハティガルは新たな“カギ”を生み出したのか…!」
ガイアスがそう言い放つと、立ち上がった。
宣戦布告の合図のようだ。
威厳ある物言いで四象牙の三人に的確に指示を出していく。
戦争が始まりに立ち合い、足がすくみそうになる。
「貴方たちには我々の役に立ってもらう。陛下が精霊マクスウェルを得たとなれば、反抗的な部族も大人しく従うはずだ」
ウィンガルが右手を上げるのとほぼ同刻、ジュードたちの周りを兵士たちが囲む。
取り囲まれて万事休の盤面で、ローエンはエリーゼに「今です」耳打ちした。
「ティポ、お願い!」
『うおおー!』
「な、なんだこいつ!」
『今だ!逃げろー!』
一人の兵士の腕の中に大人しく抱えられていたティポがその場を撹乱するように縦横無尽に飛び回る。
ぬいぐるみが動いた、という事実にその場の兵士たちは酷く動揺していた。
その場を切り抜けるようにミラを筆頭に謁見の外へと仲間たちが走り出した。
「何してるの、」
「…」
「…!」
「…!」
俯いたまま黙り込んでしまっていたがジュードに腕を引かれてはっとなる。
交わった同じ蜂蜜色の瞳は今にも泣き出しそうなほどに怯えきっていて、ジュードは思わず息を呑んだ。
腕を引かれていても、まるで意思のない人形のように、どうしていいのかわからない子どものように立ち尽くす彼女。
ジュードはこの手を放してしまったら二度と戻って来ないのだと直感した。
そう思わせるには十分なほどにいつもの生気はなく、こうやって強くつなぎとめておかないと不安で仕方なかった。
「――僕は、何があってもの事を信じるよ」
「!」
「走って!」
珍しく荒げた声に驚くようにの足が絨毯を蹴った。
半ば強引にジュードに引っ張られるようにしながら謁見の間を後にする。
「マクスウェルを捕らえろ!実験体も逃がすな!」
ウィンガルの言葉を背中で聞きながら、はただジュードの背中を追うように走り続けた。
+
城を抜け出すがまだ彼らの敷地内…安心はできない。
仲間たちは肩で息をしながら今後の作戦を立てるために体勢を整えた。
「奴らは街を封鎖しようとするかもしれない。その前に何としても脱出しなくては」
「…や、やっぱりアルヴィンは嘘つきです」
『アルヴィンをダンザイしろー!引きずりだせー!』
「事情があるのかとも思いましたが、流石に今回は」
冷静な視点で物事を見ていたローエンでさえも困惑したように顎をさすった。
彼の度重なる裏切り行為に、もう誰一人として庇うものなどいなかった。
それは、親愛していたとて同じ。
あれから顔を合わせることも、話すことも全くしようとはしないを気遣い、ジュードが眉を寄せた。
「何が僕たちが信じてるのを知ってるだ」
「…」
「アルヴィンなんか、アルヴィンなんかもう…!」
信じていたのに、信じようとしていたのにまた裏切られて。
目の前の彼女はそれが原因でこんなにも深く傷ついているというのに。
彼は彼女の姿を見て何とも思わないのだろうか。
ふつふつとしたやり場のない怒りを吐露する。
するとその時、城の中から獣の叫び声のような低くて不穏な音が響き渡った。
「警報のようですな」
「あぁ、急ごう」
ミラはそう言いながらちらりとを見やった。
相変わらず何かを考えこんでいるのか黙り込んだままだったが、ジュードと何かやり取りをした以降はいくらかましになっている。
…それまでの彼女と言ったら、まるで抜け殻のようだった。
「門が閉まってるよ」
「落ち着いて、操作盤があります何とか開けられないかやってみましょう」
再び走り出した先に会ったのは来たときに浸かった空中滑車だった。
行く手を遮るためにか、すでにその場所は封鎖されており、仲間たちに一瞬の不安が襲った。
ローエンがすぐに解析に取りかかる。
それからすぐ、ローエンが仲間たちに告げたのは制御石にマナを注ぎ込むことで、復刻させ、一時的にロックを解除できるのではないかという事だった。
並べられているのは6つの石。
全てを赤くなるまでマナを注げばよいとのこと。
しかし問題が一つ。
「皆が近いタイミングで作業を完了させなければロックは解除できません。遅れないようにお願いします」
「…」
の表情が一気に歪んだのをジュードは見逃さなかった。
それぞれが、ひとつひとつの石の前に立つ中、はごくりと生唾を飲み込んでいた。
「それでは行きますよ」
ローエンが合図を送り、目の前の石に向かって自身のマナを送る。
他の仲間たちも同様に、ローエンを見習うようにして石に手を振りかざした。
(どうしよう、もし、あの時みたいに、また、精霊術が使えなくなっていたら)
この場所に居られない。
一度覚えてしまった恐怖に指先が目に見えてわかるほどに震える。
(お願い、お願い、お願い…)
祈るように唇を噛みしめる。
視界の隅では一人、また一人と石を赤く染め上げていた。
焦りが増す。
そのせいで落ち着いていたら出来るはずのマナの循環が思うようにいかない。
(どうして、どうして…っ!)
焦燥が絶望に変わる時、ふと背中に温かいものが触れた。
「なら出来るよ。大丈夫」
「ジュード、くん…」
大きく目を見開いた。
振り返った先にいたのは一足先に石を輝かせたジュードだった。
彼はいつも訓練でするときと同じように背中に手を置き、もう片方はの手に自身の手のひらを重ねてそう告げた。
「、気を楽にするんだ。お前なら出来る」
「ミラ…」
「呼吸が乱れていますよ。ほら、肩の力を抜いて」
「なら絶対に大丈夫です!」
『僕たちが付いてるよー!』
「っと、ごめん遅れちゃった!…ほらほら何やってるの!いつもみたいにやってくんないと調子狂うじゃん!」
「みんな…」
背中に触れるぬくもりが増えていく。
流れ込んでくるマナの温かいこと。
冷え切っていた心にじわりと温かいものが溢れた。
目頭が熱くなるが、悪い気はしなかった。
「はああ…!」
呼吸を整えて、肩の力を抜いていつも通りに。
そしてみんなから送られてくるマナを感じながらその全てを体内に循環させて手のひらから送り出すイメージで石に送る。
すると間もなくして石は赤く染まった。
「出来た…」
「封鎖が解除されたようです!」
「みな、空中滑車に乗り込むぞ!」
ホッとするのも束の間、空中滑車に飛び込む仲間たち。
ガタンゴトンと滑車に揺られながら、は自身の手のひらを握り締める。
もう先ほどまでの指先の震えは感じられなかった。
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ぽちり