(2019.04.08)









 6.対立する旧縁









ポンチョのようなコートの中で膝を抱えて座るは、船の中でも荷物が詰まれた隅っこの方に座り込んでいた。

人通りの少ないそこは波の音が際立ってよく聞こえ、考え事をするにはもってこいだった。


「お隣いいですか、ご機嫌斜めのお嬢さん」

「どの口が言ってんの、ばか」

「んー、このお口」

「……」

「からかって悪かったって」


怒ってる、訳ではない。

ただ、面白くなさそうに口を閉ざし、同じ色をした瞳は一切アルヴィンを映そうとしなかった。


「…」

「…」


腐っても、縁だ。

一緒に傭兵をしていたのは数年も前の本当の事。

武器の使い方も、身の守り方も彼に教えてもらった。

増霊極の暴走で消したはずの自分の過去データがこんな形で歩いてやってくるとは複雑な気分だ。


「心配した」

「…え」

「お前、俺に手紙のひとつも出さねーから」


先に沈黙を破ったのはアルヴィンの方だった。

隣に座る二人はお互いに顔が見えない。

久しぶりに会って緊張するかと思いきや、案外共にいた時間が長かっただけにすぐに打ち解けられそうだ。

ただしばらくぶりに会うせいか、こっぱずかしさはある。


「アル兄に白羽の矢が飛んだら嫌だし」

「本当昔から変なとこ気ィ使うねえ」

「そりゃあそうだよ。強引に縁を切ったから」

「ホント、あれは驚いた。すげーよお前」


そう呟いたアルヴィンは施設を半壊にしたあの暴走の事を思い返しているのだろう。

そして「あ」と呟き手帳とペンを取り出した。


「お前文字の方がよかったよな」


さらさらと紙に文字を綴るとそのページをびりっと破いてに差しだす。

彼の名前だ。

本名ではなく、今後はその名前で呼ぶようにとのことだろう。

は横目でそれを確認すると、指先でつまんで簡単な精霊術で紙きれを燃やしてしまう。

目に焼き付けてしまいさえすれば、それを忘れることはない瞬間記憶能力は潜入捜査で使われていたのを彼はよく知っている。

目を見開き「すげーな」というのは、彼女が本当は精霊術を使えないことを知っているからだろう。


「…私の監視ってとこ?」

「なんのことやら。“部外者”には言えねえなあ」

「…。絶対させないから」

「おー怖い怖い」


ひらひらと手を振って茶化してみるが、膝を強く抱き頭を埋めてしまった彼女に深いため息をついた。

互いに内情と立場を知っているだけに、気持ちが追い付かない。


(お互いに、そうせざるおえない事情がある)


10以上年の離れた彼女なんてよっぽどだろう。

少なくとも失踪して1年は誰にも頼ることなく生きてきたはずだ。

それでなくてもこの世界では生きにくいはずなのに。

俯いて暫くたつ彼女が、長年共に過ごしてきた人物に会えたことへの安堵感から泣くのを押し堪えているのを見て、アルヴィンは空を見上げぽつりと言った。


「ほら、イル・ファンの霊勢がもうすぐ終わるぜ。こりゃひと雨降るな」


立場が変わっても変わらない彼の優しさがわからないほど、は子どもでもなかった。

ぐっと目頭が熱くなる。

誰にも見られないようにと体で死角を作る彼に甘え、は我慢していた気持ちのふたを開けた。




 +




「ア・ジュール行きだなんて外国だよ…」


一人になったジュードは海に向かって弱音を一つこぼす。

帰りが遅いからと教授とを迎えに行っただけのはずが、大精霊を名乗る女に遭遇し、目の前で教授はマナを吸われて消え、無事だったも大精霊と結託して何かをしようとしている。

自分の知らないところで何かが起きている。

イル・ファンの街でも精霊が消えた、精霊術が使えなくなっていると騒ぎになっていたくらいだ。

何かが起きているのだろう。


いつもであれば「へえ、大変だなあ」なんて他人事のように思いながらも卒業論文の為に研修に資料集めに研究に日夜を問わず勉学に励んでいたはずなのに、完全に巻き込まれてしまった。

それどころか医学生としての身分証は役立たなくなり、重罪人とまで言われてしまった。

後から出会ったアルヴィンという傭兵もと面識があるらしく、自分は完全に蚊帳の外。


(僕が、何でこんな目に…)


寂しさに似た気持ちが胸を支配する。

落胆して肩を落とすと、霊勢が変わり夜が更けてく様子に人知れずにため息をついた。


「にしても、医学生だったとはね。ちょっと驚いたよ」


近づく声に「えっと、アルヴィン」と思い返すように言う。

自分の知らないのことを知っている人物になんとなく胸がざわついた。


「ねえ、聞いていい?どうして助けてくれたの?あの状況じゃ、普通助けないよ」

「金になるから」

「私たちを助けることが、なぜそうなるのだ?」

「アンタらみたいなのが軍に追われてるってことは相当やばい境遇だ。そいつを助けたとなりゃ金をせびれるだろ」


腕を組んで満足げに言う彼に申し訳なさそうにジュードは「でも僕、あんまりお金持ってないよ」という。

ミラの方も自分と同じでそう言ったものはなさそうだ。

2人の反応にアルヴィンは残念そうに「しゃあない、ア・ジュールで仕事でも探すか」と折れる。


「傭兵とは、依頼を受けその依頼を達成できた時にその報酬を受け取ることが出来る、ってあるけど、アル兄」

「はいはいそうですよ。ボランティアで貴方たちを助けましたっと」

「またそんなこと言って」


やれやれと肩をすくめるに悪びれた様子のないアルヴィン。


、どこに行ってたの」

「別に」

「…そ、そっか」

「…」


ぎこちなく笑うジュードには少しだけ赤みのある目を少し伏せた。

それからジュードの隣に立つと一緒に後ろへ後ろへと流れていく景色を眺めることにしたようだ。


「明日には、港に着くって、さっき船員さんが話してた」

「…僕たち、これからどうなるんだろうね」

「…」

「ごめん、こんな気弱な事。だって色んなことがあって動揺してるはずなのに」


は静かに首を振った。


「ジュード君、一緒に来てくれてありがとう」


へたくそな笑顔を見せると、強張った彼の表情がなんとなく和らいだような気がした。









(あーらら、また変な気使っちゃって)


「ん?何か言ったかアルヴィン」

「いんや、なーんにも」


2人から離れたところで一人、不器用な彼女に苦笑いを一つこぼした。














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