(2021.2.07)









 60.色づく頬









ガタッ、と空中滑車が揺れて音を立てた。

どこかまだ心ここにあらずといった思考を手放してしまわないように必死に呼び寄せる。

短い期間で、息つく間もないほど色々なことが起きた。

真夜中の突然の襲撃。

胸部の不具合。

マナを感じられずに、精霊術が使えなくなる。

この世界で生きていく事が不安になり、このまま仲間たちと共に旅をしていていいのかわからなくなった。

そして黒匣だけでなく増霊極も体内に存在するという事が仲間たちに知れてしまった。

人型増霊極。

エリーゼとティポのようにぬいぐるみという媒体を使用したものとはわけが違う。

体内に内蔵している分、負担も大きいがより強力な精霊術を生み出すことが出来るモノ。

アルクノアとして王の狩場の研究所に忍び込み、アルヴィンと共に盗み出して得た増霊極の情報。

それを手にしたラ・シュガルはすぐに実験を開始した。


『 私、ここにずっと住んでたから 』


ガンダラ要塞と私の関係もあの時告げてしまっている。

ジュード、アルヴィン、そしてローエンの耳には入ってしまっているという事だ。


(ちゃんと考えなくちゃ)


今後の身の振り方について。

自分の中に流れる血は100%行った事も見たこともないエレンピオスのもの。

この世界で生きていくにあたって両親を当たったことはない。

けれども生きにくさはないかと問われれば首肯することは出来なかった。

そして――。


(思い出せない記憶がある。イル・ファンに逃げ込む前、ガンダラ要塞で暴走した時、何があったのか)


無意識のうちに眉間にしわが寄る。

思い出せない。

記憶がひどく曖昧だった。

一度見たものなら間違いなく焼き付いているはずなのに。

増霊極を取り込んで間もなかったからだろうか。


(私が何故どういう目的で作られたのか知る必要がある。私の存在するその意味を)


戦争に勝つための兵器としてなのか、はたまた別の目的なのか。


私は、私が生きる意味を知りたい――。


ぐ、と手を握り締めると自分ではない体温を感じて目線を隣に向ける。

そこには自分の手を包み込むように手を重ねながらも、一人で考えこむ私に辛抱強く寄り添い続けた彼の、ジュードの姿があった。

ジュードは心配そうに眉は八の字にしながらの顔を覗き込む。

いつもなら誤魔化して、はぐらかして、振り払ってしまっていたであろう手を振り払えずにいた。

同じ蜂蜜色が混ざり合う。

薄く開いた唇が何も言葉を刻めずにいると、ジュードは穏やかに頷いて重ねる手に力をさらに加えた。


「ここで手を離したら、本当に遠くへ行ってしまうんじゃないかって思ったから」

「…え?」

「どうしてって顔してる」


指摘されて、言い返せなかった。


『 ――僕は、何があってもの事を信じるよ 』


カン・バルク王城を脱出するあの時、足が止まってしまったのは仲間でいていい自信がなかったから。

どうしたらいいかわからなくなって足がすくんでしまった。

あれほどの喧騒の中、ジュードはの異変にいち早く気付いて手を差し伸べた。

強く。

力強く握りしめて、泥沼の中から這いあげてくれた。


「私は…、……」


そこまで言ってまた言葉が詰まる。

唇が震えて呑み込んでしまいそうになった言葉を、ジュードはただじっと待っていてくれた。

繋がっている部分が温かい。

マナを流しているわけでもないのに、彼の優しさが伝わって勇気になった。

意を決したように手に力を入れると、ジュードはその上から包み込んだ。


「まだ皆と仲間でいていい…?」


ジュードの目が驚き、大きく開かれる。

そして、何か言い掛けた時目の前のジュードが勢いよく押しつぶされたのだ。


「当たり前じゃん!っていうか、悩んでるなら言ってよねー!」

「そうですよ、!私たちはずっと友達です!」

『水臭いぞー!もっと僕たちを頼れよなー』

「そうですよさん。今の我々には貴方が必要です。そうですよね、ミラさん」

「あぁ。私もお前を信じるよ」

「レイア痛いよ…」


事の次第を見守っていたレイアたちが居ても立っても居られずに押し寄せた。

その勢いに押されては唇をきゅっと結んだ。

押しつぶされたままだったジュードが呻き声をあげる。

ジュードの上に圧し掛かかっていたレイア、エリーゼ、そしてティポがしぶしぶながら退くと、埋もれていた彼がやれやれと頬をかいた。


「僕もみんなと一緒。は僕にとってとても大切な存在だよ。だからこれからも一緒にいて欲しい」

「………」


ぱちぱち、と瞬きをする

そして今まで血色の悪かった顔色に赤みがさした。

ぽっと染まる頬。

桜色の唇がきゅっと結ばれて、恥ずかしがるような表情だった。

想像していたりアクションと違ったことを肌で感じ、ジュードが「え」と呟いた時、その空気感を変えるようにレイアが切り出した。


「…ジュード、それなんか告白っぽい…」

「えぇ!?!?」

『ひゅー!ジュードったら大胆ー!』

「そうだったんですか!?」

「あばばばば、そう意味じゃないってば!!」

「…青春、ですね」

「ローエンまで!」


動揺するジュードが誤解だと両手を振って猛抗議する。

顔を真っ赤にさせて慌てる彼に仲間たちは愉快そうに声高らかに笑った。

穏やかな空気だった。

まだ敵の本拠地で追手もある中とは思えない。

呆然と固まっていたもふふっ、と噴き出すように笑った。

彼女が口を抑えて笑う姿を仲間たちは初めて目の当たりにした。


「みんな、ありがとう」


頬を緩めて穏やかに笑うその姿は年相応の少女のものに違いなかった。














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