(2019.04.16)
7.裸の付き合い
自分が吐いた弱音を、彼女は何も言わずに微笑んで受け入れてくれた。
彼女のうっすらと充血を帯びた目。
気付かなかったわけじゃない。
(きっと、どれだけ弱音を吐き続けても、彼女は気を遣って笑ってくれる)
気がした。
これじゃあ駄目だ。
ジュードは一人寝室でぐっと握りこぶしを作った。
+
船を下りると、地に足がついているはずなのに揺れている錯覚に眩暈がする。
しばらくイル・ファンの霊勢に居続けたせいか、空の色が違うことに未だに違和感を覚える。
隣にいる彼にとっては外国に足を踏み入れたことも初めてなのだから、自分が感じるものより何倍も不安は大きいだろう。
「…」
何を言うわけでもなく、見守っていると視線に気づいた彼はにこりとほほ笑み返す。
「外国って言ってもあんまり変わった感じしないね」
「ん?あぁ、アジュールって言ってもここら辺はな」
「あ、あっちに地図があるみたい。、見に行こうよ」
「…うん」
駆けだすジュードとぱたぱたとその後を追いかけるをアルヴィンは見送ると、遅れてやってきたミラに「空元気かねえ」と言葉をこぼす。
「気持ちを切り替えたのか。見た目ほど幼くないのだな」
「おたくが巻き込んだんだろ?随分と他人事だな」
「…?確かに世話になった。だが、あれは本人の意志だぞ?私は再三帰れと言ったのに」
「は~ん。それでおたくに当たる訳にもいかないからあの空元気ってか」
ちらり、と見れば地図を指差すジュードと後ろに手を組み一緒に覗き込む。
2人をみやって、どっちにしても大人だ事、とアルヴィンは肩をすくめる。
「ミラ、ニ・アケリアならここから北になるみたい。ね、」
「うん。途中ハ・ミルの村を通るルートになりそう」
「北、か」
「すぐに経つ?今のうちにアイテムとか装備とか見直してもいいんじゃない?外国とはいえ、追手がない訳じゃないんだろうし」
「…そう、だね」
ジュードは追手と聞いて顔を強張らせるがすぐに首を振った。
見るからに空元気のそれを知ってか知らずかミラは少し考え込んだかと思うとアルヴィンに向き直った。
「アルヴィン、傭兵というからには戦いに自信があるのだろう?」
「あぁ、そりゃあな」
「私に、剣の手ほどきをしてもらえないだろうか?今の私は四大の力を持たない。剣を扱えないとこの先の道は困難だ」
「よくわかんないけどさ、正直俺を雇ってほしいところだよ。でも金がないんじゃあな」
手をひらひらさせながら言う彼には唇に当てていた手を下ろし口を開く。
「……。ね、アル兄。私、今はお金そんなに持ってないけど、薬草とかハーブの目利き出来るからそれを売ればニ・アケリアまでの護衛とミラの手ほどき代くらいにはなると思うよ」
「お、そうきたか」
「道中怪我してもジュード君の治療付き、私も材料さえあれば――知ってる薬の調合できるし」
「………」
「快適な護衛を保証するよ?ね、ジュード君」
目を射抜くようにして云うとその真意は伝わったようで目を丸くして驚くアルヴィン。
突然話を振られたジュードも「う、うん。僕に出来ることであれば」と快諾する。
「どう?ミラ」
「2人とも、恩にきるよ。だが、私の使命に二人がそこまですることはあるまい。私からの謝礼はニ・アケリアで村の者たちに相談し、必ず用意させよう」
「りょーかい、ならま、護衛兼ってことで少しの間宜しく頼むわ」
「こちらこそだよ、アルヴィン」
ジュードとしても危険が伴う旅のお供にアルヴィンが加わることは大歓迎だったようで、表情が和らぐ。
行先も決まり、旅のメンバーも決まったところでミラが視界から消え、その場にいた全員が身構える。
「ミラ…!?」
「…ッ!」
膝から崩れ落ちたミラに駆け寄り視診するジュードは瞬きをすると「ミラ、もしかして何も食べてないの?」と呆れたように息を吐いた。
けろりとしながらも「これが空腹というものか」と感心する大精霊様に三人は苦笑いをする。
「旅の前にまずは腹ごしらえな」
「アル兄に賛成。ジュード君、宿にいこっか」
「そうだね」
旅よりも、剣の手合わせよりもまずはご飯だ。
ぐーぐー空腹を主張するミラの腹の音を鎮めるように、3人は宿へと足を運んだ。
+
キッチンを借りてジュードが簡単な夜食を作ってくれた。
苦手なお肉が食卓に並んだ時ははぎゅっと顔を顰めはしたが、一口大に切り分ける調理人の優しさに心の中で感謝しながら食べきることができた。
ミラはというと、今までは大精霊の力と精霊エネルギーのようなもので補っていたようで、目の前に並ぶ料理にいちいち目を輝かせ、感動しながら舌鼓をうっていた。
大精霊の貫禄もあってなかったようなものだったが、彼女の意外な一面にどこか身構えていた緊張の一部がぺろりとはがれる一同。
「ミラ、ここがお風呂でお湯をためて…って、ミラ、シャワー浴びたことはある?」
「水浴びはあるぞ。人間の言う、入浴、というものはないがウィンディーネとイフリートが…」
「えっと、説明するね」
まるで大きな赤子を相手にするようだ。
女子同士ということもあってはミラと2人、同じ部屋に通された。
食事の時もそうだったが、見ること為すことすべてが目新しいようで、いろいろなものに好奇心を抱くミラ。
予想はしていたが入浴、もその一つのようで本で読んだ知識しかないミラは蛇口のひねり方や道具の使い方一つまるで知らなかった。
一通り説明したのち、ミラが「なんとなくわかった」と口で言いつつも小首をかしげているところを見て、は少し考えてから肩を下ろした。
「…今日は初めてだし、女の子同士だから一緒に入ろっか」
「おお!裸の付き合いというやつだな。いいだろう、受けてたとう」
「少し狭くなっちゃうけど。ミラ、髪長いから軽く結ってあげる。体が温まってから洗おう」
湯船のお湯はすぐに溜まった。
誰かとお風呂に入るなんて母と入っていた幼少期以来だ。
ただその時と違うのは世話をされるのではなくする側だという事。
2人肩を並べて湯船につかるとどぶりとお湯が溢れて排水溝に流れていった。
ふぅ、いいものだなと頬を赤らめて堪能するミラにふっと柔らかい笑みがうかぶ。
「…古い傷のようだな」
「うん。ずっと小さかった時にね、私病気だったから」
ミラが言うのはの胸元を中央に縦に一線入った傷跡の事だ。
10年近くなるがこれは一生残るもののようで、当時は赤黒かったそれも茶色くなってしまった。
「だった、という事は今はもう違うのだな」
「…極度の負担を掛けるとしんどいときもあるけど、普通に戦えるし、問題ないよ」
「そうか」
「これのこと、皆に内緒ね。見て気持ちのいいものではないだろうから」
「…ああ、約束しよう」
のぼせる前にさっと洗ってしまわなくては。
彼女の名前を呼ぶと疲れも思い出も流してしまうように、じゃぷんと雫を落として立ち上がった。
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ぽちり