(2019.04.30)









 8.果汁で流し込む









その晩、二人はいろいろな話をした。

口下手なからしてみればイル・ファンにいた頃の実に一か月分は話したんじゃないかと思えるほど喋り明かした。

ひょんなことから同じ使命を持って行動することになった二人。

目的や経緯は違えど、想いは同じ。

他愛もない話から今までのミラの生い立ちやら、精霊についてやら。


それはミラがこくりこくりと舟をこぎ始め、が「もう休もう」と切り出すまで続けられた。




 +




港を離れるとイル・ファンの周りでは見かけなかった魔物がそこらじゅうをうようよしていた。

穏やかな霊勢が影響しているのか、案外凶暴なものはいないようで実践トレーニングに適しており、ミラはアルヴィンの指導もあってすぐに基本の構えや剣の扱いをマスターすることが出来た。

ジュード、ミラ、アルヴィンとが前線で戦うことが増えてからはも光属性の精霊術で援護に徹していた。


「…ジュード君が戦えるなんて知らなかった」

「僕、小さい頃幼馴染と一緒に武道を習ってたから」

「…。ふーん」

「戦うのはあんあまり好きじゃないんだけどね」


争いごとの嫌いな彼の性格を見ていると納得できる。

それでも「でも、戦わないとやられちゃうもんね」と言葉を続けており、は静かに頷いた。


ハ・ミルへ着くころには明るかった空も赤みを帯びるようになり、イル・ファンの時には感じられなかった「夕暮れ」というやつにほうとため息が出る。

入口につくとあたりは果物とそれで作られるお酒の甘いにおいが立ち込め、隣でミラはだらしなくもよだれを垂らしては拭っていた。


「果物がいっぱいだ。甘い匂いがするね」

「酒の匂いもな」

「…ミラ、村の人に聞いたらパレンジ一個取ってあげるから」

「じゅるり…おお、すまないな


勝手に取ったら泥棒になるからね、と念を押すはまるでミラの保護者のようだ。

そんな二人の後ろで声を潜めて話すアルヴィン。


「あーらら、いつの間にか仲良くなっちゃって」

「いい事じゃない。でも僕あんなに誰かと喋ってる姿初めて見たかも。一緒にタリム医院にいた頃は仕事のこと以外はつーんって感じだったし」

「……おたく、なんでそんな塩対応受けてんの」

「えっ、別に僕だけじゃないよ!他の学生とか寮母さんとか…にこりともしなかったって言うか」

「ま、アイツ人見知りあるもんな。なんか想像つくわ」


かみ殺すようにくくっと笑うアルヴィンに、ジュードは自分の知らない彼女を知っている彼に胸がざわついた。

自分の知らない彼女のことを聞こうにも、思い切ることが出来ずに知りすぼんでしまい結局ジュードの口から出たのは「そうなんだ」というか細い声だけだった。




「おや、珍しい」


老婆の声に一同が目を瞬かせる。

話を聞くとこの村の村長らしい。

目的地に向かうにはこの村から先に進んだ滝を越えなくてはいけないが、親切にも村長である彼女はその前にこの村で休んでいくといい、とまで言ってくれた。

村に宿はなく、村長宅の空き部屋を貸してくれるという事で、ミラたちは二つ返事でお言葉に甘えることにした。


「あの、村長さん」

「はいはい、どうなされましたかな」

「連れがパレンジに興味あるみたいで…頂いても?」

「ええですぞ。あちらの木になってるのは熟れすぎて使い物にはなりゃせんから、そこから採るといい」

「…。ありがとう」


一言、この村の代表に声を掛けておけば問題ないだろう。

人見知りはあれど見知らぬ土地で不愛想振りまくわけにもいかないことはよく分かっているようで、所謂大人の対応、というやつだった。

イル・ファン時代を知るジュードからすれば、今までのそれが本当に塩対応だったのだと思わせるには十分で、がっくりと肩を落とした。

は投げナイフでしゅっと実の付け根を狙うと、ミラの手元に一つ食べごろの果実が落ちる。


「おお、見事だぞ!」

「お粗末さま。ミラ、ちゃんと後で村長さんにお礼言わなきゃね」

「でも本当にすごいよね、のそのナイフ捌き。イル・ファンにいた頃からたまに教授たちに頼まれごとして街を離れてたのは知ってたけど、狙ったところ百発百中だね」

「…。私、力がないから射程が伸びると届かないけど、これくらいなら問題ない」


ジュードとミラが感心している間に、は気を利かせて全員に一つずつの果実を無傷で収穫する。

しっかり自分の分もとっているあたりちゃっかりしてる、とアルヴィンは面白そうに茶化した。


「どう、ミラ?」

「これは、中々。いけるぞ」

「ふふ。本当、よく熟れてて美味しいね」


話すのは、相変わらず苦手だ。

けれども今まで避けていた分、塞ぎこんでいた自分の世界に誰かを許容するいい機会かもしれない。

幼き頃父によく言い聞かせられた、疑うよりも信じなさい、ってやつだ。

ほう、と息をつく。

いつも以上に話して疲れた喉の渇きを潤すように、はじゅくじゅくに果汁が溢れ出すそれに口付ける。

遠くでは男たちの「やっほー」という間抜けな山彦が鳴るのを呆れた気持ちで聞き、ミラと顔を見合わせて肩をすくめるまであと数分。




 +




二度目の夜は男性陣と同室という事もあってか皆すぐに眠りについた。

霊勢のおかげか、朝になっても昨晩の様な夕焼け空が続いており、黄昏たくなる気持ちを抑えは誰よりも早く起床し、人知れず訓練を行う。

村から少し離れたところで植物の採集がてら鉢合った魔物を退治し、村に戻るとストックのボトルを作りながらナイフを研いで次の戦いに備える。

それが終わると、ようやく村の人たちが活動を始め、は人が右へ左へ流れていく様子を静かに見ていた。


「精が出るな」

「ミラ。…おはよう、よく眠れた?」

「お陰様でな。そういうお前は随分と早く起きていたようだが」

「…。落ち着かないだけ。でも、平気よ」

「そうか」


落ち着かない、けど、平気。

そんな矛盾したその言葉にミラは深く言及しなかった。


「早ければ今日か明日にはニ・アケリアに着くね。そうしたらミラは四大を召喚して、力を取り戻して、それからまたイル・ファンに向かうの?」

「早い話がそうなるだろうな。私の使命は精霊と人間を脅かすクルニクスの槍を破壊する事。そうすれば君の言う鍵を持つ私を守るという目的は無くなるな」

「そうね」

「君はその後どうする」

「…。さぁ?どうだろうね」


はぐらかす。

ミラはの目線が一瞬後方に映ったのを察し、短く「そうか」とだけ返した。


「おはよう、声かけそびれたジュード君」

「…っ。おはよう、気づいてたなら声掛けてよ。……二人で何してたの?」

「別に。あ…私、出発の前に汗を流してくるから」

「あぁ、いってらっしゃい」

「……」


逃げるようにその場を後にする

そのあと少しして、後ろからジュードの黒匣についてミラに問う声が聞こえて来て、胸がチクリと痛む。

完全に巻き込まれてしまっただけの彼。


(人の心配なんてしてる場合じゃないでしょ)


生まれつき弱い鼓動を黒匣の力が高鳴らせてくれている。

ミラの話によると、ミラはクルニクスの槍だけでなく黒匣も壊そうとしている。

そうしたら、私の、これは、どうなる。


(この痛みも、久しぶり)


は鼓動に合わせてちりちりと痛み始めた胸をぎゅっと抑え、人目につかない場所でただ静かに痛みに耐えていた。

視界を閉ざしていても感じるのは目の回る感覚。


(私は、私の、為すべきことをしなくちゃ)


はコートの内ポケットからストックしてあった鎮痛薬を口に放り込み、喉の奥へと流し込んだ。









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