(2019.05.07)









 9.独りよがりの手紙









村の入口が騒ぎになってきた。

家の角から様子を覗き込むと、どうやら思っていたよりも早く追手が来たらしい。

こんなにも親切にしてもらったこの村にこれ以上騒ぎになって迷惑をかけるわけにはいかない、と全員は頷きあうと、その反対側であるキジル海爆側へと静かに足を向けた。

4人は村の西側へ。

そこには回り込むようにイル・ファンで見た時と同じ赤い軍服を身にまとう兵士が入り口を封鎖しており、アルヴィンのジェスチャーで息を殺して岩場に隠れる。


「どうするよ」

「強行突破だ」

「異論なし」

「僕も人が集まる前に抜けちゃった方がいいと思う」

「…短い作戦会議だ事」


やれやれと肩をすくめたアルヴィン。

ジュードが先に歩き出したミラを追おうとした時、すぐ近くに女の子の気配に身を強張らせた。


「あ、あの…」


柔らかいふわふわの髪の毛にエメラルドグリーンの瞳。

可愛らしいドレスとは裏腹にその手に大事そうに抱えられているのは奇抜な色のしたぬいぐるみだった。

恥ずかしそうにもじもじとこちらを見つめ、頬を赤らめる少女は恐る恐るといった風に「何してるんですか」と尋ねた。


「うむ。邪魔な兵士たちをどうするか考えていたところだ」

「…直球だね」


ぼそりと「あの人たち邪魔なんですね」と呟いたかと思うと手に抱えられていた人形は目をぱちりと開け、持ち主から離れて兵士の周りを浮遊し、いとも簡単に追い払ってくれた。

まるで生き物のように動くぬいぐるみにジュードが驚きびくりと体を震わせる中、は思い出したように目を見開き、ちらりと2人に気づかれるようにアルヴィンを見やる。


(あの子、それに、あのぬいぐるみ…)


こくり、と小さく頷いたその仕草で記憶が確信に変わる。

が、二人は悟られてはならないと静かに口を閉ざした。


「こら、何をしておる娘っ子。小屋を出てはならぬというのに」


今度は少女が肩を震わせる番だった。

そして逃げるようにぱたぱたと村の方へと走り去ってしまった少女にお礼を言いそびれてしまう。

少女が後ろめたそうに顔を伏せるその先には先ほどまではいなかった大男の姿。

大男は赤い服の兵士、もといラシュガル軍をあっという間に撃退すると、走り去った少女を追ってあっという間に去ってしまった。


一同騒然とするが、手間が省けた事に変わりはない。

地面に突っ伏すラシュガル兵を起こさぬようにハ・ミルの村を後にした。




 +




ハ・ミルの夕景は町から離れることで段々と薄れていき、キジル海爆につく頃には久方ぶりの青空が見えた。

空気もどこか汐っぽい香りが立ち込め、過ごしやすい霊勢にはふうっと吸い込んでいた潮風を遠くの方へと吐き出した。


「このキジル海爆を抜けたら、その精霊の里につくんだっけ?」

「…村長さんの話だとそのはず。追手もないし、予定より早く着きそう」

「でも、村の人たちに悪い事しちゃったね。あんなによくしてくれたのに」

「…」

「でも決断したのは彼らだ」


ミラがきっぱり言い放つと、ジュードはむっとしたように反論する。


「僕たちを守ってくれたのかもしれないし、そんな言い方しなくても」

「気になるのか。ならジュード、君は戻るといい。短い付き合いだったが、いろいろ感謝して――」

「どうしてそうなの!」


声を荒げるジュードとそれに応えないミラに、は「ミラ、ジュード君」と制する。

ミラは自分の方まで咎める声が上がるのが不思議だったようで目を丸くするが、すぐに真っすぐな視線を返してくる。

悪意はないのだ。

ただ、ジュードも頭でわかっていても、感情が追い付かないやるせない気持ちが残るようで渋い顔をしていた。


「だが、私たちには使命がある。それに人もよく言うだろう、感傷に浸ってる場合ではないと」

「やるべきことの為には感傷的になっちゃいけないの?」

「感傷的になっても為すべきことはなせるのか?」

「わからないよ、そんなの。やってみないと…」

「なら、君はやってみたらどうだ――為すべきことを、そのままの君で」


それで答えが出るかもしれない、とミラは言い、先を進む。

取り残された3人。

ジュードは俯いていた顔を上げると「2人には為すべきことってあるの」と、問う。


「…。ジュード君に話すことじゃない」

「あ、…」


チクリとしてしまった事にバツが悪そうに顔を歪めはミラを追って先に歩き出した。

俯き、わかりやすく気落ちするジュードにアルヴィンは内心「あーらら」とだけこぼすとジュードの首に腕を回してフォローを入れる。


「あるって言ったら、余計迷うだろ。僕も決めなきゃーって」

「……」

「あいつの場合、突き放したのは自分が迷うからだろうけどな」

「迷う?」

「そ。自分の中でやりたい事はこうって決まってるくせに、ほっとけない病のせいで他人に流されやすいんだよ、昔から」

「アルヴィンは、本当によく知ってるんだね」

「そりゃあ、付き合いだけは長いからな俺達」


ま、そういうこった、とアルヴィンもミラの方へと続く。

ジュードはもやもやする気持ちに一度踏ん切りをつけると、後を追うように砂浜を蹴り飛ばした。




 +



「休もう」


と言い出したアル兄にはきっと私の不調がばれている、と確信した。

だからってコンタクトを取ってこないあたり、よく分かっていると思う。

不覚だけれども、甘える。


「アル兄、シルフもどきにお願いしたいものあるんだけど」

「…両親に、か?」

「うん。生存報告」

「……」


アルヴィンは静かに声を落としてちょっと待ってろと言い、シルフもどきを呼び寄せてくれる。

背中に手紙を入れるポケットを背負った鳩の様な見た目のシルフもどきは霊力野がしっかり備わっており、微力なマナを感じて持ち主へと届けてくれる。

は適当な便せんに短い一言を書き記すとあっという間に折りたたみ、彼に預けた。


「相変わらず素っ気ないこって」

「へぇ、も手紙とか書くんだ。意外」

「…」

「手紙つってもこいつの場合、宛先無し、記名無しの一言文だけどな」

「親しい人なら字を見れば私ってわかるもの。無事が伝わればそれでいい」


両手のぬくもりを優しく青空に返す。

元気にやってます。

どうか伝えて。


(例え返事が来なくたって)


ばさばさと翼が空を舞い上がった時、精霊術の「気配」という感覚に一気に身を集中させる。

はっとなって振り返ると、そこには休んでいたはずのミラの姿はなかった。


「ミラは――?」

「そういえば…さっき滝のほうに歩いていったような」

「…(嫌な感じがする……)」

「あっ、!」


考えるよりも先に足が動いた。

滝の方からはミラの声と激しい水しぶきの音。


は激しく動く心臓に鞭打つように、気配の方へと駆け出した。














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