(Web拍手掲載分・原作前)









 昼下がり









、ちょっと今いい?」


研修服姿の彼が書斎を覗く。

文献の読解に夢中になっていたは至極不機嫌そうに眉根を寄せ、まずは耳だけを彼に近づける。

きりの良いところまで目に焼き付けてしまうと、続きはあとで読もうとページ数を脳裏に記録することも忘れない。

何、と言わんばかりに彼を見やると彼もまた真剣な様子で額に手を当てて考え込んでいた。

研修医だけでの診断は禁止だといわれながらも、ハウス教授のお気に入りの彼は教授の研修や課外授業の度にこうやって任されることが多い。


「どうしたの」

「これ、なんだけど」

「…」


言葉数が少ないのなんていつもの事。

最初は端的な返しにいちいち傷ついていたらしい彼も半年もたてばすっかり慣れてしまったようで(というかその返答に悪意がないことを知ったらしく)気に留めることもなくなってしまった。

彼が見せたボードには患者のカルテ。

症状、経緯、検査結果、反応。


「見せて」

「…あ、ここの事で知恵を借りたいんだけど」

「ここと、あとこの数値」

「ね。やっぱり引っかかるよね」


彼の手の中にあったカルテをボードごと借りると、ぴらぴらとめくって知識と目の前の情報を照らし合わせる。

2人で同じものを覗き込むと自然と顔の距離が近づきなんなら彼の黒髪と自分の亜麻色とが少し重なり、彼ははっとなり距離を置いた。


「この皮膚の湿疹は明らかにアレルギーのものだと思うけど、問診では何か言ってなかったの」

「食事内容は書いてある通りだよ。痛み止めに以前処方されていたこれを飲んでたって言ってたから、一応預かっておいたけど」

「どれ?」


錠剤を容器ごと預かる。

薬品名を見て小首をかしげる


「どうかした?」

「これ、破棄するものよね」

「え、うん、まあ。って、どうする気?」

「…」

「ちょっと、!?」


小瓶を開けると薬をぺろりとひと舐め。


「あ、やっぱり」

「やっぱりじゃないよ。もう、念のため水飲んで薄めた方が」

「味見くらいなら平気だよ」

「でも、健常者が摂取すべきものじゃないでしょ。はい」

「…もう、うるさいなあ」


彼女のためにグラスに水をそそぐジュード。

受け取ったグラスに渋々一口水分を含ませると、は続ける。


「これ、容器の薬品名と中身が違うよ」

「そうなの?」

「うん、保存状態が悪くてすり減ってるからロゴが見えないけど。多分前回の病気に処方された薬が混ざったんだと思う。これ単体は何ともないけど、飲み合わせとか……っていうかそもそもこれの使用期限が切れてるから破棄で正解というか」


数値の異常は現在服用中のものとの飲み合わせじゃないとカルテを突き返す。


「薬の管理と服薬について説明した方がいいかもね。物によってはアナフィラキシーになり得るし」

「うん、伝えてみる。ありがとう

「別に」


話が一件落着したと解釈すると先ほどの文献の読みかけのページまで紙をめくらせる。


「ね、?」

「まだ何か用?」

「えっと、後処理したら今日の予約分終わるから、よかったらこの後一緒に帰らない?」

「……」

「ほら、外、暗いし。女の子が一人じゃ危ないよ」


考え事をしていた時とは違う意味で全く目を合わせようとしない彼。

イル・ファンは常に暗いと思うけど。という言葉をぐっと飲み込んで、は「早く後処理して来たら?」と促す。


「今日はハンバーグね」

「!…もう、しょうがないなあ」


我儘を言うと彼はそう言いながらも嬉しそうにほおを緩める。

ぱたぱたと廊下を掛けていく後姿を見送ると、はほんの少し機嫌よく次のページをめくった。









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