(2019.10.21)









 喜びあい









「エリー目瞑って?」


目の前の少女にそう伝えるとエリーゼは緊張したお面持ちでぎゅっと目を瞑る。

その様子にくすりと笑みをこぼしながらも、は彼女に化粧を施す。

隣ではティポとレイアが全く同じ顔をしてまじまじとその様子を眺めている。


「エリーゼかっわいー!」

『ピンクだあー!』


幼さを残すようにナチュラルベースに、リップと頬に同じ色の入れてやるだけでぱっと雰囲気が変わった。

鏡を何度も自分を見返してきゃっきゃとはしゃぐティポとエリーゼにくすりと笑みを浮かべながら、次は…と順番待ちしていたレイアがおずおずと椅子に座る。


「お、お願いしまーす」

「…別に悪いようになんてしないけど」

「あはは、なんかこーいうの慣れてなくって、緊張するっていうか」

「レイアのメイク、油性ペンでしようかな」

「うんうん!これで汗かいても落ちないねーってこら!」


冗談よ、と口元にだけ笑みを浮かべるはどう見たってレイアと同じ年には見えない。

また彼女に乗せられてしまったと口を尖らせるレイアだが、緊張をほぐすためだと気づくと余計負けた気分になる。

先程とは違うアイテムで簡単なメイクを施すを、今度はティポとエリーゼが同じ顔をして見つめていた。


「レイアはオレンジ系なんですね」

「ど、どう?」

「鏡どうぞ」

「わぁ!か、かわいい」


角度を変えて自分の顔を眺めてその見違える表情のレイア。

は何食わぬ顔で化粧品たちを片付ける。

2人に簡単なメイクを施したのに対し、自身はいつものカモミールの練香水を両手首と首元に付けた程度で、それを見たレイアとエリーゼは顔を見合わせてにやりと笑う。


はしないんですか?」

「私は別にいいの」

「たまにはいいじゃん。ほら、エリーゼ、支度しよ!」

「はい!…私、お洋服選んであげますね」

「じゃあ私は髪をセットするね!」

「え、ちょっと」


あのねぇ、私は貴方たちのお人形じゃないんだけど、なんていいながらも張り切る二人の前ではそんな言葉は宙に消えてしまう。

こうなればどうにでもなれだとは観念すると、一人はブラシと髪留めを、そして一人はクローゼットを漁る彼女たちに身を委ねた。




 +




「んあ?おチビが喜ぶこと?」


ソファでだらしなく寝転がっていたアルヴィンは、ジュードの言葉を復唱して回らない頭で「あー」とこぼした。

考えるならば一つの頭より二つだろうと一番に彼に聞いてみたものの、そんな反応を見てちょっとした後悔が胸をよぎる。

しかし言ってしまっては後の祭り。

ジュードは照れくさそうに頬を掻きながら、茶化されるの覚悟でアルヴィンの答えを待った。


「また突然だな。誕生日はまだ先だろ?」

「そうだけど…なんていうか、いつも助けてもらってばっかりだしお礼がしたいって言うか」

「ふーん。にしても、喜びそうな事ねぇ。欲しいもんとかなんとか言ってなかったのか?」

「…えっと。最近話してたのだと、桃花の花びら、キノコパウダー、ハモニカ草…とかかな」

「わーお、なんの参考にもならねえな」

「はは、だよね」


ジュードだって本気でそんなものをプレゼントにと思っているわけではなかったが、どれも間違いなく彼女が喜ぶものだ。

そんな事が容易に想像できたのか、アルヴィンは苦い顔をさらに深めるばかり。

植物系のサンプルはどれも薬に見えてしまう病気持ちの彼女は、旅の道中や休養中にふらりと採集する癖がある。

摂りすぎた分は資金にして旅の商人に売ってまた新たなハーブを手に入れたり、回復アイテム作成用にストックしたり。

薬学者と言えば聞こえはいいが、薬やハーブ、ボトルづくりとなると目の色が変わるせいで、彼女が喜ぶもの、と言われると第一に浮かんでしまうほどだった。


「花、なんてどうでしょう。贈り物にぴったりですよ」

「うわ!ローエン!?」

「スイーツも捨てがたいな。はかなりの甘党なのだろう?」

「ミラまで!」


いつの間にやら話を聞いていた二人が真剣な面持ちで会話に加わる。

男どうしの内談のつもりだったが、ここまで広まってしまってはもう開き直るのが吉だ。

経験が足りない頭ではどちらの提案も彼女が喜ぶ、という想像には至らず「そ、そうなのかな」と尻込みをした。

甘いものを食べて、花を贈る、なんてまるで、なんていうか、その、デート、みたいだ。

それだけでぎゅっと胸が縮こまったが、彼がその理由を知る由はなかった。


「決まり。なら問題はどうやって誘うかだな」


アルヴィンがくるりと宙に視線を這わせて何かを思惑していると、扉の奥からぱたぱたという足音が聞こえてきた。

扉を開けたそこにいたのはお洒落に着飾った三人で、一番奥のはほんのすこし恥ずかしそうに2人に手を引かれて入ってきた。


「いいねぇ。めかしこんでどうしたんだ?」

『かっわいいだろー!がお化粧してくれたんだぞー』

「じゃーん、見て見て!そのお礼に私たちがコーディネートしたんだよ!」

「おぉ、見違えるようだぞ

「普段のさんもクールで素敵ですが、チャーミングでお似合いですよ」

「お、お世辞はいいってば」


いつもはローエンの言う通りすまし顔のだったが、慣れない格好と誉め言葉に落ち着かないらしい

亜麻色の髪は丁寧に編み込まれ、ハーフアップにまとめられ、服もブラウスに膝下丈のAラインスカートで女の子らしさが溢れている。

15歳にしては落ち着いている雰囲気と相まって、上品さが際立って見えるコーディネートだった。

そういったものに疎いジュードであっても彼女の女の子らしさは見てわかるほどで、思わず「可愛い」と声に出してしまった。

そして何かひらめいたアルヴィンはにやり顔で笑う。


「丁度今ジュードが新しく出来たカフェに誘おうとしてたんだよなー。おチビ、折角だから一緒に行って来いよ」

「え!?」

「…何よ突然」

「紅茶のシフォンケーキが大好評と聞いております。今の時間でしたらお客もすいているかもしれません」

「な、レイア。折角めかしこんだんだし、このまま出掛けない手はないよな?」

「え?…あ、うんうん、そうだよねー!ジュードってところが頼りないけど、折角だし行って来たら?」


アルヴィンが目で訴えると察しのいいレイアはすぐにその意図を理解し乗ってくれた。

幼馴染の痛烈なコメントに思わず「一言余計だよ」と呟くジュードだが「ど、どうかな?」となんとか彼女に向き合って声を掛けるとはあっさりOKを出した。

お洒落したことも、いつもと違う姿でお出掛けすることも、甘いものを食べに行くことも、あながち悪い気分ではないらしい。


「…なんだかうまく乗せられた感じもするけど」

「そ、そう?」

「まぁいいわ。2人でお出掛けなんてイル・ファンぶりだし、こういうのもたまにはいいね」


仲間たちに見送られながらは言う。

勘のいい方のならば何かのたくらみだろうと気づいたのかもしれないが、それでも乗っかってくれるところも彼女のいいところだ。

鼻歌でも歌いだすんじゃないかというほど上機嫌な彼女が喜んでくれていることに安堵したジュードは、これからのデートにひそかに胸を高鳴らせた。




お喋り交じりで街に繰り出す彼らを窓から見下ろし、アルヴィンは


「相手の喜びが自分の喜びってか。…似た者同士っつかなんつーか」


と世話の焼ける2人に向かってやれやれと溜息を吐いた。













大遅刻ですがジュード君の日おめでとう(10/10)
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