(2021.01.15)(TOX/ジュード/原作前/Web拍手お礼夢)









 過ぎた日々を









ふとした時。

目で、耳で、体全体でその名前を、姿を、匂いを、声を探してしまうのが癖になってしまった。

手掛かりは幼少期の頼りないぼやけた記憶と、「」という名前のみ。

自分の中でもかなり重要な記憶のはずなのに、情けない事に記憶は都合よく書き換わっていているようで今では思い出の中の彼女の笑顔も、声も、なんとなくとしか浮かんではこなかった。


(って、こんなこと話したらレイアにチクチク言われそうだけど)


つい先日、幼馴染でもある彼女の誕生日をすっぽかしていてそれはもうくどくどと言われたばかりで顔が引きつってしまう。

思い出の彼女はこんなにも曖昧で不透明なのに、それなのにこんなにも胸を打って離れないのはどうしてだろうか。

会えばわかる。

そんな確証もない変な自信だけが今日も自分を鼓舞する。

そうして覚えていない、けど、忘れてもいない彼女を懸命に探す。


『私のこと忘れないでね。忘れられるって、お別れよりもずっと寂しいから』


療育の為に遠くの街に引っ越してしまうことがわかったのは、旅立ってしまう前の日の事で、お別れの準備も、当然心の準備の方も出来てなかった。

まず感じたのは驚き。

そして、見送って彼女とその家族の陰が完全に見えなくなった後、ぽっかり穴が開いたような寂しさだった。

レイアは「友達なのにそんなに大事なこと黙ってるんだから」と涙を浮かべながら怒っていたが、後から母に聞いた話だと彼女なりの気遣いで変な心配を掛けまいと黙っていたという事らしかった。


(忘れない。忘れてない。でも…)


両親の話だと彼女はイル・ファンに向かったと聞いた。

ル・ロンドの診療所では観られないほど大きな病気をしていたのだろうか。

研修医として故郷を離れてこうしてイル・ファンにやって来た僕は、時折思い出したように彼女の面影を探し続けていた。




「ねぇ」


不機嫌そうに呼ぶ声。

振り返って顔を見ずともにわかる、最近ハウス教授の研究室によく出入りしている人物だ。

、同い年。

ただそれ以上の事はそれほどよく知らない。

いつもどこか居心地の悪そうに目を伏せていて、話しかけても返ってくる言葉は短く、語尾もきつい。

薬学に精通しているというのは後から聞いた話だが、にこりどころか表情をあまり変えない彼女は同じ研究生や医療現場の仲間たちからも「不愛想」だと悪い評判が立っていた。


「どうしたの、

「…。さっきから話しかけてるのに上の空」

「ご、ごめん!もしかして何か用事があった?」

「…急ぎの事じゃないけど。ハウス教授が見かけたら後で寄る様に声かけてくれって言うから」

「そっか。それで探してくれてたんだ。…ありがとう

「…別に」


気を損ねてしまったのか、それとも元々のものか見分けはつかないが、ふいと彼女は顔をそむけた。

それからだんまりしてしまった彼女との空気にいたたまれなくなり、ジュードは慌てたように声を掛ける。


は何してたの?」

「貴方を探してた」

「そ、そうだよね…ごめん…」

「…。ジュード君は何を探してたの」

「え、僕?」


自分と同じ茶褐色の瞳が真っすぐに自分を射抜く。

そんなにわかりやすく探し物をしていただろうか。


「ちょっと昔の知り合いをね。こっちに引っ越したって聞いてたんだけど、中々会えなくて」

「忙しいの?」

「っていうか…実は僕、連絡先どころか名前くらいしかわからないんだ」

「………」

「あはは」


目が呆れたように細められて、それだけの事なのに乾いた笑みが思わず零れてくる。


「その人探すの手伝おうか?」

「ありがとう。でも、僕が勝手に探してるだけだから。向こうはもう忘れちゃってるかもしれないし」

「 忘れられるってお別れよりもずっと寂しいと思うけど 」


子どもたちが廊下を一気に走り抜けていく。

近くには病室。

後ろから母親らしき人物が「病院では走りません!」と声をあげて叱っている。

そんな元気な声にの声がかき消されて、ジュードは思わず「え?」と問い返したが彼女から返ってくる言葉はなかった。


「別に。…じゃあ、私図書館に行くから」

「あぁ、うん。いってらっしゃい」


すたすたと横を通り過ぎていく小柄な体躯の彼女。

その背中がいつもよりほんの少しだけ寂しげに見えたような気がしたが、今のジュードに知る由もなかった。














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