(2023/10/27)(過去Web拍手掲載夢)







 朝
 
 
 

 
 
 
 
「精が出るわね」


そう言って彼のデスクにホカホカと湯気立つマグカップを置くと彼は肩をびくりと震わせてそれから苦虫を噛み潰したような顔をした。

ティアンカ、と名前を呼ぶ彼の声は疲労たっぷりのそれ。

悪戯が親に見つかった子どものような反応を返すジュードにティアンカは静かにため息をついた。


「人には無理するなって言うくせに」

「う…ごめん」

「ううん。人の振り見て我が振り直せ、じゃないけど…私もこんな感じだったのねって反省してるところ」

「反面教師になっちゃったね」


時計を見ると時刻は朝の4時を回ったところだった。

この反応だと一睡もしていないのだろう。

自分と同じ蜂蜜色の下に大きな青隈が出来ていることを指差しで指摘すると、バツの悪そうな顔はさらに深まる。

もう、と肩をすくめて見せるとジュードは観念したように両手をあげて読みかけていた論文にしおりを挟み込んだ。


「ん、美味しい」

「よかった」

「いつもありがとう」

「…私の方こそ、」


そこまで言って言葉は途切れてしまった。


(私のために、こんな時間になるまで源霊匣の研究を)


そう言ってしまえば彼はきっと否定するだろう。

幼少期、生きるために心臓部分に取り付けた黒匣。

そして、アルクノアの研究の被験者としてそこに加わった増霊極。

源霊匣として機能を果たすそれのお陰でティアンカは今も生きていられる。

本来精霊術の使えないはずのエレンピオス人だがこのリーゼ・マクシアで対応できている。


しかし過去の例がない。

当時の研究者たちは自分の両親含め皆がこの世を去ってしまったし、記録に関しても源霊匣の暴発でほとんどが吹き飛んでしまった。

僅かに残る研究員たちの書記や論文、またティアンカの脳に残るデータを集めて日々ジュードは研究に精を出している。

今も、そうだったのだろう。


「これくらいしか、役に立てないから」


絞り出すようにそう言うと、ジュードはそんな事ないよと予想通りの言葉を返した。

あの戦いから半年になろうとしている。

無事に医学校を卒業した医師の卵でもある彼が研究の隙間をぬって定期的に診察をしてくれていた。

いつ何が起きるかわからないから、とかつてのように精霊術を使う事を控えるように釘を刺されたあの日が懐かしい。

きゅ、と唇を引き結んでぎこちなく微笑む。

それから同じものが注がれている自身のマグカップに目を落とすと、温かい手のひらが頬を撫でた。


「言わない約束でしょ」

「うん、ごめん」

「僕の方こそ、心配かけてごめん。今日は休むよ…っていってももう朝なんだけど」


場を和ませる様にジュードは「温かくなったら眠たくなっちゃった」とふわりと笑う。

飲み終えたばかりのマグカップを片付けようと手を伸ばしたところを彼の手に捕まった。

きょとんとしたのも束の間、導かれるままに彼のベッドに引っ張られて二人は隣り合って腰を下ろすことになった。


「…一緒に寝るの?」

「うんそのつもり」

「ジュード君大胆…」

「ティアンカは甘えられることに弱いって、最近ちょっとわかってきたんだ」

「…ばか」

「ほら、照れるのは図星の証拠」


悔しくなって肩を小突いて見せると可笑しそうに笑いながら彼はその手を引いて布団へとダイブした。

一緒に倒れ込むいくらか華奢な体躯。

同じ友人にもらった赤いリボンをしゅるりとジュードが解くと、亜麻色の髪がシーツに波打った。


「おやすみ、ティアンカ」

「おやすみなさい、ジュード君」


どちらともなく寝息が聞こえるまであと少し。

2人の一日はまだ始まったばかり。















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