(ジュード・chamomileシリーズ)














 プルースト














人間の五感というものは無意識の中で記憶とリンクさせる傾向にあるらしい。

特に彼女を想起させるのは香り。

出会った当初からカモミールの練り香水やハンドクリームを好んで使用しており、その印象が植え付けられているのか街中でふとその香りを感じると思わず振り返ってしまう自分がいる。

ほら、今も。


「あれ…」


振り返る。

しかし目的の人物どころか視界に移ったのは風景のみで風に乗ってふわりと香っただけだったようだ。

一緒に買い出しに出ていたアルヴィンが足を止めたジュードに「どうかしたか優等生」と投げかける。


「なんでもないよ。ただ、カモミールの匂いがしたからちょっと気になって」

「カモミール?」

「ほら、アルヴィンも嗅いだらわかるよ。がよくつけてるから」

「なるほどねえ。にしても、匂いで好きな女の事思い返すとかジュード君も隅におけないねえ」

「え、好きなって…!そんなんじゃないって!」


彼はどういう言葉を言えばジュードが慌てふためるのかよく分かっており、時々こーやって反応見ては楽しんでいる。

ジュードだけでなくエリーゼやレイア相手でも同じ感じだ。

この手のタイプは反応を見せると、それだけつけあがるのをよく知っているジュードは面白くなさそうに顔を背けた。


「ま、そんな怒んなって。プルースト効果って言うらしいぜ?匂いってのは本能的なもんに直結してるらしい」

「へぇ、詳しいね」

「詳しい奴がツレにいてな」


匂いの正体がカモミールとわかる前からも、同じものを感じて目で追ってしまうことはあった。


「(それってつまり随分と前から意識しちゃってたってことなんじゃ)」


はじまりを自覚する。

しかし、今の彼が行動を起こすというのは別の話で、ジュードは自分の不甲斐なさに肩を落とした。


「ま、折角だしお土産に買って帰るか」



















「何、してるんですか?」


ひょっこりと小首をかしげて覗き込むエリーゼに今まですり合わせていた手を止める。

いつもは彼女の腕の中に抱きかかえられているティポもくるりと旋回しての手を覗き込んだ。


「指が荒れちゃって。ハンドクリーム塗ってるの」

くんナイフいっぱい投げてるもんね」

「うわぁ、とってもいい香り」

「…。エリーも塗る?」

「いいんですか?」


目をぱぁっと輝かせて喜ぶ彼女にティポは「すべすべになっちゃうー」と舞い上がる。

いくつもある小瓶からワセリンの中にカモミールのアロマオイルを一滴混ぜて練り合わせると、差し出されたエリーゼの手を包み込むように撫でる。


「素敵な香り~」

「本当だ。さんと同じ匂いがします」

「…苦手だった?」

「すっごく好きです!」


興奮冷めやまぬ様子のエリーゼにふふ、と笑みをこぼす。

人肌の熱にほだされてよく伸びたオイルは「目を瞑って」という言葉と共に頬にも塗布される。


さんの手、温かくてほっとします」

「素敵な香りでとっても癒されるねー」

「…カモミールはカミツレとも言って、植物のお医者さん、薬草の母といわれるくらい効能も高いの。保湿力もとても高いから、乾燥とか肌荒れにもいいのよ」

「へえ。さんって何でも知ってるんですね」

「母さんが好きだったから。よく小さいころ塗ってもらったの」

「あ…」


母親と言うワードを出すと目の前の少女は俯いてしまう。

は苦笑しつつも、彼女の頬を優しくつまんで笑顔にさせる。


「エリーさえよければいつでも塗ってあげる」

「ありがとうございます…!」

「違う精油も持ってるから今度はブレンドとかもしてみる?」

「本当ですか?」


「楽しみです」とこぼしながらも両手の甘い香りに大満足の様子で早速レイアに自慢に行く彼女の後姿を見送る。

窓の奥はすでに夕景で、あと少しすれば食事時で、ミラのお腹がぐうぐうと鳴り出すだろう。

しゅるり、と髪のリボンを解く。

癖のない亜麻色の髪が背に落ち、風が吹くたびにさらりさらりとなびいている。


?」


聞き親しんだ声に振り返らずに「ん?」と返す。

夕日が水平線に溶け込んでいくのを目が離せないでいた。


「考え事?」

「まぁそうね」

「お邪魔、しちゃったかな?」

「ううん、そんなことない。…どうしたの?」


特に用があったわけじゃないんだけど、とジュードは苦笑する。


「買い出しありがとう」

「ううん。いつもしてくれてるから、たまには交代しないとね」

「…何か収穫はあった?」

「グミを買い足したのと……あ、がくれた薬草が高く売れたから、これお土産」

「私に?」


手の中で持て余していた小包を差し出すとの頬に桃色がさす。

小包の中身が甘いものと察したのか普段なかなか変わらない表情もふわっと柔らかさを帯びたものになり、ついついつられるように自分も嬉しくなってしまう。

こういうところ、本当に女の子らしいと思う。

以前も街中のぬいぐるみ屋さんの前で足を止めたり、ケーキ屋さんのガラスケースの中を気にしていたり、見かけによらず可愛いもの、甘いものに目がない。

そんな中見つけたこれは彼女に喜んでもらえる自信があった。


「パウンドケーキだ」

「そう。絶対喜ぶと思ってつい買っちゃった」

「…た、食べていいの?」

「いいよ。夜ご飯にはまだ少し早いし。あ、なにか淹れてこようか」

「うん!」


結局のところ、甘え下手な彼女をとことん甘やかすのが好きらしい。

食べ終えてしまう前に用意しなくては、とジュードはくすりと笑いを噛みしめ、立ち上がった。














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