(ジュード・chamomileシリーズ)
仲間
研究職に就く両親の姿を小さい頃より見て育った。
朝も昼も夜も研究して、解析して、書類を見つめて難しいことについてああでもないこうでもないと話し合い、夜も更けた頃に就寝する両親。
愛情がなかったわけではない。
むしろあふれかえるくらい愛情いっぱい育ててくれた。
だから出来るだけ力になれるように。
迷惑を掛けないように。
早く大人になりたかった頃の事を、揺れる意識の中でぼんやり思い出した。
+
は歳に似合わずよく気が付き、人の事をよく見ていると思う。
不愛想に腕を組み、つんとした態度を取ってはいるが仲間の窮地になるとすぐに駆け付け、手助けをしてくれる。
戦闘面でも同じで、アルヴィンのように突出したパワーがあるわけでも、ミラのように精霊術を巧みに使いこなせるわけでも、ジュードのように素早い動きで敵の背後を取れるわけでもない。
それでも戦闘中にいてくれると有り難い、また安心して背中を預けられると仲間たちは口をそろえて言う。
それくらい、援護やフォローが上手いのだ。
「ミラ、さっきボアの攻撃掠ってたでしょ。指見せて」
「見られていたか…でも大丈夫だ。このくらいただのかすり傷だ。舐めていれば治る」
「唾液には消毒効果があるなんて迷信だから。ほら」
「む。…には敵わないよ」
ふ、と観念したように笑うミラは大人しく心当たりのあった指先を差し出す。
「なんでもお見通しというわけか。に誤魔化しは通用しないな」
「…。そうよ、だから私の前で怪我を放置なんて許さないんだから」
「それは怖いな。覚えておくよ」
手作りの血止めを塗布するとはようやく満足したように手を放す。
そして次に、と先ほどまで棍を振り回していたレイアに向き直り、手を腰に当てながら言う。
「馬鹿レイヤ、ちょっと来て」
「ちょっとー!何よその呼び方」
「…耳元で大きい声出さないで」
「もう、何。呼びつけておいて」
「…。ヘッドドレスのリボンほどけてる」
「え!嘘!?」
目をぱちぱちして驚く同い年の彼女にはふてぶてしくも彼女を招き寄せて、見えない彼女の代わりに器用に結いなおす。
レイヤに対してだけ言葉遣いが悪いが、それが本意でない事を彼女には伝わっていたようで、されるがままに大人しく結び終わるのを待つレイヤ。
「あ、ありがと。…もう、言いたいことがあるならちゃんと名前呼んでよね」
「……」
「返事をしなさーい!」
ぷん、と抗議の声をあげるレイヤに知らん顔をしながら、次にはローエンとエリーゼの元へ行く。
「只今の戦闘、見事な術と剣捌きでした」
「…。ローエンの指導のおかげ」
「ま、精霊術はエリーゼの方が上だけどねー!」
「もう、ティポ、変なこと言わないで。あ、あの」
「ホント、エリーにも色々教えてもらわなきゃ」
「さんのその謙虚さ、素敵ですよ」
「本当、ステキです!」
ローエンは穏やかな表情で目を細めて言う。
は照れるのを隠すように目をそらしてはにかむと、話を逸らすようにコートの内側から飴玉を取り出す。
「戦闘疲れたでしょ。さっき商人にもらったの。よければどうぞ」
「わー、もらっていいの!」
「これはこれはお気遣い感謝します」
「私、イチゴのがいいです」
「どうぞ」
当初滅多に気を許すことのなかったも、エリーゼには甘いようで、よくこうやってチョコやアメ等お菓子を見つけてはあげているらしい。
旅に不慣れだったエリーゼにとっては頼りになるお姉さん的存在で、すぐに懐いていっときは後ろをくっついて回っていたときもあったくらいだ。
ふっと首に重みを感じ、は少し驚いたように目を見開いた。
「アル兄」
「なーに食べてんの」
「飴玉をさんがくださったんですよ」
「俺には?」
「…バカアル、さっき私のご飯に人参入れたでしょ。そんな意地悪する人にはあげないから」
「わーお、ばれてやんの」
ぎろり、と睨むとアルヴィンは悪びれた様子もなく肩をすくめる。
アルヴィンはいじめっ子と名高いが、に関してだけ言えばいたずらっ子に近い。
ニンジンが嫌いという彼女の好みを把握したうえでのこの行動。
からかって反応を見ているとしか思えない。
「にしても、お前――」
「もう、離してってば」
アルヴィンをさらりとかわして先を進み始めたミラの後を追い駆け出す。
たったいま彼女に払われた手を見つめて疑問を浮かべた時、レイアの驚きの声と共にがその場に倒れこんだことを知る。
一同が騒然とする中、アルヴィン一人だけが
「どおりで熱いと思った」
と呆れたように息を吐いた。
+
頭が鈍い。
気付けば宿の天井を眺めていた。
無意識に途切れてしまう頼りない思考を巡らせて、一番近い記憶を呼び起こすと、自分が目的地までの移動中に倒れてしまったところまでつなげることが出来た。
失態だ。
迷惑、かけたくないのに。
こうなってしまっては仕方ないと割り切るように細く長い息を吐くと、熱のオーラをまとってるような居心地の悪さに眉根を寄せた。
今の状況、誰がどう見ても熱のそれ。
薬飲まなきゃ。
風邪の症状が見られないのであればきっと疲労のそれだと自己診断し、薬が入ったボトルやハーブをしまってあるウエストポーチに手を伸ばす。
ぼと、と額に当てられていた濡れタオルが落ちるのと、布団の布ずれの音に、傍で読書をしていたジュードが「あ」と声をあげる。
「よかった。目が覚めた」
「…」
ぱたんと本を閉じてジュードの手が額と首元にあてがわれる。
いつもは前線に出て魔物を殴り飛ばしている手はすっかり武闘家のそれでこつこつと骨ばっていたが、今触れてくれる手からは優しさしか感じられない。
弱っているせいかと優しさが体と心に染みて溶けていくのを、足りない頭で感じていた。
「言っとくけど、解熱薬はダメだからね」
「……………」
「隠れて飲んでたんでしょ。でも、今のにとって一番の薬は休養だよ」
伸ばしていた手を引っ込めたにもかかわらずお見通しだったようで、ジュードはその反応に苦笑した。
「…私のせいで足止めちゃってる」
「みんなそんな風に思ってないよ。それにだって誰かが熱出したら絶対休もうって言うだろし、こういうのはお互い様なんじゃない?」
「…でも」
「ふふ、滅多に弱音言わないが珍しい。やっぱり弱ってるね」
「ごめん」
「ううん、むしろいくらでも聞くよ。いつも、聞いてもらってばっかりだし」
情けない話、僕の場合は熱がなくてもだけど、と言った後にジュードは困ったように笑う。
ジュードは桶に入った氷水でもう一度濡れタオルを絞りなおすと、そっと額においてあげた。
冷たさが心地よくて噛みしめるように目を細める彼女は、言葉のとおり弱っていて隙だらけだ。
「それに、熱が下がったら覚悟しててね」
「?」
「みんな、が元気になるようにってプリン買って来てて、冷蔵庫の中プリンだらけだから」
「なにそれ」
「大好きなの為に、だって」
くつくつと笑いを押し堪えながら言うジュードはきっとその場にいてみんながプリン片手に帰ってきた様子を思い返しているのだろう。
伝染するようにの表情もふわりと緩む。
「まさか、ジュード君も?」
「そのまさか。普段ばらばらなのにこういう時は息が合うんだよね」
「そっか」
だらしがなくなった口元を隠すように布団に沈めると、ジュードは穏やかにほほえみを落とした。
「きつかったら眠っていいからね。寝るまではそばにいるから」
「うん。……ね、ジュード君」
「ん?」
「熱が下がったら、みんなでプリンの食べ比べしようね」
仲間たちがに親しみを抱くように、彼女が一番みんなの事が大好きなのだ。
そうだね、と言うと、ジュードは栞を閉じていた本に指を差し込んだ。
お気軽に拍手お願いします
ぽちり