(2019.05.31)
混乱
― 魔神拳 ―
衝撃波が飛ぶ。
イル・ファンを飛び出したばかりの頃は実践慣れしていない事もあり、ミラがいてようやく前線が成り立つか、欲を言うのであればアルヴィンがどちらかと共鳴できればなおのことよしといった状況だったというのに。
それがこんなにも頼もしく感じられるなんてあの頃は思ってもみなかった。
当時は捌ききれなかった魔物たちをわざと引き付け、数を減らしたり、引き付けて目の前の大元を叩きやすくしたりというフォロー役を買って出ていたが、今では範囲の広い技や威力でいとも簡単に蹴散らしてくれる。
相手をよく観察し、相手の裏をかいて背後に回り込むという戦法も彼ならでは、と言うやつで戦闘においても冷静に分析し、攻略しているような戦い方をする。
今だって、こんな風に。
「はあ―っ!!」
「…!」
動体視力は割といい方であるでさえも何度も見落とすほどの強力なコンボが炸裂する。
他の魔物たちを横目に、この素早い攻撃はいつもであれば心強く頼もしいものであるのに。
(優しさが裏目に出たな。これはまた厄介な…)
「遅いよッ!」
「―っぶな」
考え事をした矢先に背後に気配。
慌てて身構え空中で旋回して攻撃をかわすの手には武器を携帯しておらず、無防備のそれだ。
敵と戦う戦闘の場面においては一番のタブー。
でも、彼女は後退し相手を睨みつけ、策を練りながらもお得意のダガーや小型ナイフを構えることはしなかった。
頬に伝う汗を拭う。
呼吸が乱れる。
肩の上下運動はなかなか収まる様子は見せず、はアップルグミをなんとか口に放り込むと、こちらも不慣れな肉体戦に備え、アルクノア仕込みの構えをする。
「、ジュードとの共鳴切れ!俺と変われ!」
「馬鹿!エリー1人でそいつら捌けるわけないでしょ!」
「つったってお前…」
『目を覚ましてー!ジュード君!』
「とにかく、回復します…!」
エリーゼがいつものではなくやジュードにもかかる様に全体回復の精霊術を唱えてくれる。
ふう、と息を吐くとすぐにはさっきから攻撃してくる相手――ジュードの混乱を解くべく大地を強く蹴った。
『僕はいいから、みんなが付けて』
事の発端はいつものお人よしだった。
混乱や状態異常の攻撃をしてくる魔物が多いと聞いてのこのメンバーだったが、状態異常を防ぐタイプの装飾品は何と言っても値が張る為、全員が装備できる代物ではなかった。
その時「僕が何かあってもがいるならリキュールボトルでどうにかしてくれるし」なんていう言葉をあの時の私は何故鵜呑みにしたのか。
なんて。
ジュードの混乱がわかり、振りかけようとした瞬間に連牙弾で粉砕した小瓶だったものが転がるのを視界の隅でとらえ、今更ながら後悔してしまう。
(混乱してるくせにしっかり私の動きみてるんだから…頭脳派め)
厄介だ。
だが、珍しくリリアルオーブの共鳴をさせていたこともあってか、エリーゼやティポの方に殴りかかっていないことが幸いだ。
…そうなると、どう起こすかだ。
一番手っ取り早いのが物理攻撃で一発当てて強制的に起こすことだが、なんせ相手は武闘家。
傭兵経験があるといっても、薬学者としての期間の方が長かったに、相手を怯ませるだけの一撃をジュードの隙をついて、なんて狙える訳がない。
せいぜい目の前の攻撃を紙一重で交わすことくらいだ。
交わしきれずに掠ったところはあとで青あざになってしまうかもしれないから、これは責任もってジュード君に治してもらおう。
(ちゃんと…かわしてよ)
― ソーンラプソディ ―
ローエンに教わった技で牽制の意味も込めて投げナイフを足元に投げつける。
本来その場に相手を縫い留めて拘束する技であるが、混乱していたとしても見知った技だからなのか簡単に術中にはまることはない。
2、3歩、軽いステップと共に後退したことを確認すると、彼が作戦に気づかぬうちにと一気に精霊術を展開させる。
「白銀の光輪、ここへ!」
… エンジェルリング …
案の定、彼は精霊術の詠唱を止めようと接近してきていた。
両の腕から放たれた光りの輪はそれを見事に拘束し、両腕、両膝の関節部分を拘束し一時的にジュードの動きを制限する。
「いい加減、目を覚ましなさい」
― パチン ―
乾いた音が響く。
彼は大きく目を見開き、その瞳に光が戻る。
所謂、ねこだまし、と言うやつだった。
遠くでアルヴィンがひゅうと口笛を飛ばした。
「――うわ、えっ!?な…!?」
「もう、馬鹿!」
「えぇ!?突然!?」
混乱が解けたジュードが、今度は状況がつかめず混乱状態だ。
アルヴィンやレイアならともかくあまり自分に対して罵倒することのないことに驚きながらも、周囲を確認して今が魔物との戦闘中だということに慌てて身構える。
目の前のはかなり疲弊した様子だったが、ジュードとのリンクを切るとさっさとエリーゼとリンクをして、お得意の精霊術で後方からネガティブゲイトとホーリィレインを繰り出し次々に湧いてくる魔物を一掃していく。
「っと、目が覚めたようだな」
「アルヴィン、あれ、僕寝ちゃってたの?」
「魔物の鱗粉、真正面から浴びて混乱してたんだよ。後でおチビにお礼言っとけよ」
「…僕、何かしちゃったんだね」
「そりゃあもう、目も当てられないくらいボッコボコに」
「………」
戦闘中だがアルヴィンの引きつった笑い方と告げられた言葉に目を覆いたくなる。
意識がなかったとはいえに手をあげるなんて。
それっきり言葉を失ってしまったジュードと背中合わせになると、アルヴィンは盛大にため息をついて銃で目の前の敵に攻撃した。
「アイツが譲らなかったんだよ」
「え?」
「混乱解除、変われっつーのに。どうしても自分が起こしたかったんだろうな。本人言わないだろうけど」
「…」
「気になるならさっさと終わらしちまおうぜ」
そうだね。
そう言った彼の瞳はいつも以上に鋭く研ぎ澄まされ一点を見つめていた。
この戦いが終わったら。
まずは謝ろう。
そうしたらまたいつものように「別に」とか「なんてことない」なんて言ってツーンとするに違いないから、離れていこうとする手を取って、捕まえて、目を見て「ありがとう」って伝えよう。
きっと君は照れを誤魔化すように振り払おうとするから、宿に帰って落ち着いたらすぐに治療させてもらおう。
(傷、残らないといいけど)
頭を抱えたくなる。
全く、自分ってやつは。
女の子相手にどこまで手加減しただろうか。
(今度は、僕が最後まで面倒を見る番だ)
魔物を片付けてエリーとおしゃべりする様子を見ていると、とりあえずは大きな怪我はないようだ。
責任、取らなきゃ。
エリーゼがこちらの視線に気づいてはっとなる。
その反応を見て、僕が近づいてくることを知らんぷりしているに僕は迷わず声を掛けた。
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ぽちり