Angel's smile

2019.11.06
















死ぬ気だ――…










 はんぶんこ 121











ッ!」


ティナの叫び声と共に場面は急展開を迎える。

瞬きをしている間の出来事。

影が大きく動いたかと思うと大きな音を立てて、そしてその場の空気が凍った。

全身に力を入れて身を強張らせるティナは目の前で起こった一瞬の出来事に何もすることが出来ずにいた。

鈍い音がした。

視界の隅で桜色が揺れ、次の瞬間、が兄によって壁に叩きつけられていたのだ。

胸倉をつかんだまま、押し付けるようにしてその手に力が込められる。

腕を組むロックが止めるわけでもなく静かにその様子を見つめていた。

じっと。

耐えるように。

静かに。

まるで今この目の前で起きている事象が想定通りだったかのように。


「…」

「…」


両者、同じ色の双眼で互いを睨みつける。

一人は覚悟を据えた眼。

一人はその覚悟の意味を悟り憤りをぶつける眼。

の胸ぐらをつかむ手に力を込めるは長い前髪でその表情が隠れて見えないが、怒っていることは確かだった。

ぎり、という奥歯を噛みしめる音は兄のもの。

掴み上げるその手は、震えていた。


「――魔法が無くなればいいだって?」

「…」


状況が読めないティナだけが一人おどおどとして珍しく怒りをあらわにするを怯えた様に見つめた。

未だかつてこんなに怒りに身を任せた彼の姿を見たことがあっただろうか。

ティナがそう感じていたように、肉親であるも脳裏の片隅でそんなことを考えていた。

彼にその意図が正しく伝わったという事だろう。

はほんの少し目を伏せると、その威圧感に屈することなく静かに答えた。


「あぁ、そうだよ」

「それがどういう意味か――」


わかってるのか。

言葉は皆まで呟かれることなく喉の奥に呑み込まれていった。

真っすぐと見返したその目がすべてを物語っている。

覚悟を据えた目。

死を、覚悟した目。


「そろそろ離したほうがいい、兄さん」


“兄さんにうつしたくない”

目の前の彼にだけしか聞こえないように言った言葉の意味を理解するのにさすがの兄も数秒かかった。

気付くきっかけはの肩に落ちた目線だった。

シャツの隙間からほんの少しだけ見えたのは「闇」の存在。


「――!」


察しのいい兄はそれが彼女の命を蝕んでいることにまで思考が及んだことだろう。

ぐちゃりと歪む自分と同じ顔。

はやるせない気持ちはそのままに、自我を抑えるように手に掴んでいたものを離した。

兄が視線を外すことで再び重たい沈黙が流れる。

皮肉のように時計の音だけが虚しくなり続けた。


「急にどうしたの?…も、も。…何だか怖いわ」

「ごめん、ティナ」

「僕から説明するよ」


無理やり感情を落ち着かせながらは置いてきぼりにしてしまったティナに謝罪をする。

乱れた服を整えることもせずには説明を続けた。


「1年前…世界が引き裂かれる前、ケフカは全ての幻獣の力を取り込んだ。僕が…解いてしまった三闘神の力も取り込んで、もうその力はこの世界を脅かす脅威にまで膨れ上がった」

「えぇ。だからはその全ての根源でもある魔法の力を無くすことで、ケフカのような人を二度と生み出さないようにするって言ってるんでしょ?」

「その通り。その時一緒に僕たちの中に流れてる“半分”も一緒に封印するつもりだから、ティナにも兄さんにも…大なり小なり影響は残るかもしれないけど…」

「私たちも魔法が使えなくなるって事なのね。本当の意味で世界から魔法を無くすって」

「そういう事」


は静かに頷く。

そして自分の手を見るティナ。

そう、私たち三人には幻獣の血が半分流れている。

当たり前のように魔法と共に暮らしてきたから、魔法のない生活なんて想像できないが、旅をしていく中で人間の力強さやたくましく生きる姿は十分すぎるほど知っていた。

理屈はわかったが、しかし解決していない問題は“その方法には何故怒りをあらわにしたか”という事。


「…それが、が怒る事とどう関係あるの?」


ティナは真っすぐにを見た。

決意は固い。

もう逸らすわけにはいかない視線。

目の奥に宿る思い。

強さ。

並々ならぬ強い意志を感じ、ティナは「まさか」とはっとなる。


「きっと思ってる通りの事だよ、ティナ…」

。…もしかして」

「そう、は――」




 ××××。




 +




「そう、それほど強大なものを封じるにはリスクがいる。また、術者が生存することで封印が解かれる可能性という“前例”もある」


前例というのは、三闘神を復活させてしまった自分を指す。

自分のしでかしたことは、自分で決着をつけなくてはいけない。

は誰に届けるでもなく自分自身に言い聞かせるかのように静かに言った。

部屋は一気に静かになった。

ティナが何事かを叫んで部屋を飛び出し、その後を一瞬こちらを見た兄がティナを走って追いかけていった。

彼女の心の奥からの叫び声は、の朦朧とする頭の中を木霊したが、何という言葉だったかもう思い出せない。


「へへ、肝心なところで言えなかったや。ちゃんと伝えたかったのに」

「伝わったさ。見てたよ、全部」

「うん」


頬に伝うものをロックがすくいあげる。

そうして「俺の前で強がるなって言ってるだろ」なんて言って、彼女を受け入れた。

はしばらく静かに泣いた後、「ありがとう」と静かにお礼を言った。


「ロックは…」


言葉は途切れた。

皆まで言わせないようにと彼の唇が強引に塞いでくる。

その行為はやや乱暴のそれだったが、は噛みつくようなその全てを甘んじて受け入れた。

はっ、っとようやく繋がっていたものが離れると空っぽになった頭でもう一度彼を見つめた。


「守るよ。お前も、お前が守りたいものも」


どうやって、なんて言葉は野暮だ。

ただ目の前の彼と、その言葉が自分の支えだった。

は薄く微笑み、しっかりと頷き返すと落ちてきた熱を受け止めるべく目を閉じた。














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