Angel's smile
2019.04.28
あの時は在りえなかった愛するという感情が、ほら、こんなにもあふれている――…
守りたいもの 120
2人の幻獣化に伴い、同じ血を分けたの元へもその魔力の波動が届き、共鳴する。
足を鷲掴みにされ万事休すなこの状況であるが、不思議と心が穏やかになるのは自分の中にも半分注がれた幻獣としての血のおかげなのかもしれない。
「2人とも…!もうッ」
トランス状態の二人に感化されるように導かれるようにも幻獣へと姿を変えた。
自身の身に纏う光の魔力にぐっと眉根を寄せると、まばゆさに目が眩んでいるフンババに至近距離でバイオをぶち込んだ。
… バイオ …
拒絶するようにその腕は薙ぎ払われ無事、は脱出する。
すかさずロックがその体を受け止めることで、水面に叩きつけられることは免れた。
「ったく、お前は無茶しやがって」
「ごめん…」
横抱きで受け止めたロックは間近での無事を確認すると、ほっと胸をなでおろして安全な場所まで後退する。
瓦礫の少ない場所でそっと下すと、地に足を付けたが足の痛みで呻くのを見て、肩を抱き不安定なその体を支えた。
ふわり、とトランス化が解けるのは彼女の余裕のなさが原因だろう。
「へへ、しくじっちゃった」
「…バカ。俺の前で強がるな」
今の彼女にケアルなどの治癒魔法は使えないのはあの晩ロックはよく知っている。
つもりだ。
フンババの怪力につかまれていたせいで軽い捻挫をした足にロックは応急処置だと自前のバンダナを固定させるように巻きつけた。
「ありがと、ロック」
「あぁ。…あっちも終わったみたいだな」
すっと、ロックが見やる先はの至近距離からの弱点攻撃に加え、とどめ魔法を唱え終わった2人の姿。
前回は追い払うだけで精いっぱいだったが、今回は違う。
全員の力を合わせて大地の狭間より蘇りし魔物を撃退した。
ロックに支えられながら、は沈みゆく巨体に向かって心を鎮めて詠唱を施す。
「我身に宿りし魔封の力、その荒ぶる鼓動を鎮め深き眠りにつきたまえ――」
… 封印 …
ぽう、と祈るような声と共に指先から柔らかい光が魔物を包む。
その光の泡が小さく溶けて行ってしまうと、それはビー玉程に小さくなりの手の中に消えていった。
ぎゅっと握り締めると、父から譲り受けた腕輪の中で光を灯す。
またひとつ、解放された力が封じられる。
父が守ってきたものを、今度は私が引き継ぐんだ。
落ち着いた頃、ロックに向かって微笑みかけると彼もまた同じように頷いてくれた。
「また、怪物だ」
子どもの声だ。
ははっと目を見開く。
扉の隙間から覗いていたのだろう。
彼らの目線の先にいるのは幻獣化したままのティナとだった。
フンババを退治した、カイブツの姿。
震えるような声で言い放った子どもは純粋だ。
「こわいよー」
怖いよ、怖いよ、と震え怯える子どもたちはきっとその全員が割れた大地の狭間に閉じ込められた両親の事、そこから誕生した魔物たちのことを思い出しているのだろう。
自分も同じ。
半分存在する幻獣としての自分を忌み嫌うことはなかったが、この“普通”とは違う力に恐怖したことは何度もある。
…それは、戦う力を失くしたあの時、嫌というほど味わった思いだ。
無意識に唇をかんでいたことを、ロックに肩を抱かれて気付いた。
嘲笑した笑みが浮かぶ。
「ママ」
子どもたちに囲まれて俯いていたティナがその言葉にはっと顔を上げた。
一人の女の子がゆっくりと幻獣化したティナとに歩み寄る。
そして、手を伸ばした。
「ママと、パパでしょ?あたし、わかるよ…」
分かっていても怖かったはずだ。
それもそのはず彼女の指先は震えていた。
それでも、その眼はまっすぐと二人を映していた。
「ティナ」
「ええ、そうね。」
ティナはぐっとこみ上げる感情にまつ毛を涙で濡らす。
傍にはどんな時でも見守ってくれていた彼がいた。
こんなに心強いことはない。
ティナはゆっくりと頷くと意を決したように少女の手を優しく握り返した。
「私、戦う。なんとなくわかりかけたの。私の中に芽生えていたものはきっと、愛する、という事」
ティナの手の中にのは自分のよりもずっと小さくて、弱くて、温かいもの。
この手を、守らなければいけない。
「今ある命だけじゃなく、これから生まれてくる命もたくさんある。それを守るためにも」
「決めたんだね、ティナ」
「ええ。ずっと待っててくれてありがとう」
「ただ待ってただけじゃない。それに、君は僕の守りたい人、だから」
「…」
頷きあった時、ふわりと魔力が揺れて二人はニンゲンの姿に戻った。
+
「――どういうことか、説明してくれる?」
自分と同じ顔の彼は両肘を机につき、指を重ね、にっこりと微笑み妹を見つめる。
冷汗が目に見えるのであれば滝のように流れているであろうは圧力からか何も物が言えずに長い長い間押し黙っている。
やれやれと見守るロックと、困ったようにロックに助け舟を求めるティナ。
ロックが静かに息を吐きだすと「その辺にしといてやれよ」と救いの手を差し伸べた。
「ま、僕の見立て通りなら魔法を使えなくなったというよりは使わなくなったってほうが正しそうだし、ロックさんもそれを承知で好きにさせてる感じだから心配は…しなくてよさそうだけど」
「…………」
「…流石の兄貴。すげえ観察力だな」
「つまり、は自分の意志で魔法を使わないようにしているって事?」
「そ。でも、動機がわからない。ね、どういうこと?」
ティナの疑問に静かに頷いては冒頭と全く同じ質問を妹に投げかけた。
言葉を選ぶように考え込むだが、考えれば考える程伸びていく沈黙の時間と、言葉を待つ視線にしびれを切らし、意を決するように長く息を吐いた。
決意を固めたにもかかわらず、発言を渋ってしまう彼女にロックは優しく肩を叩いた。
大丈夫、俺が味方でいるから、とでも言うように。
「本当はもう少し気持ちが固まってから話をしようって思ってたんだけど。でも、特に兄さんと、ティナには話しておかなくちゃいけない、か。」
きっかけは、ちょっと違ったんだけど。
そこまで言い切ってから、は一呼吸置き気持ちを整える。
そして、ためてた思いも、吐き出すように、力強く言葉を吐き出した。
「今、この世界を脅かしているケフカのやり方は絶対に間違ってる。でも、僕にはどうしても、彼だけが悪いとは思えない」
「正気、なの。…アイツ、アイツにあんなに酷いことをされたのに」
「忘れたわけじゃない。全部、覚えてるよ。でも、正しかったころの彼も忘れたわけじゃない。悪いのは彼でも、ましてや魔法の力でもない。薬だって、使い方を誤れば毒になり得る。――全ての元凶は、“僕たち”人間が私利私欲のために魔法の力の使い方を間違えたことだ。だから、こんな事態を招いた」
「何が言いたいの、」
「僕は――この世界から、魔法の力なんて無くなればいいと思うんだ」
目の前の二人が言葉を失う。
でも、は真っすぐに二人を見続けた。
これが、僕の愛した世界の守り方だ。
例えその代価に、自分の半分を失う事になっても――。
(守りたいもの、完)