Angel's smile


















触れる。そして確かめる。ここにいるって――…















 守りたいもの 116
















宿までの道はお互いが一言も話さなかった。


隣を歩く。


隣にいる。


それだけで嬉しかった。


今までどんな風に過ごしてきたのかとか。


毎日どんなことを考えていたのかとか。


いろいろ聞きたいことがある。


なのに。


今は。




「(安心する、っていうんだろうな)」




そんな感覚。


ほっとする。


落ち着く。


沢山悩んで、選び抜いた選択肢の一つに過ぎないけど。


それでも今がいいって思える。


今がいい。


こんな時間がずっと続けばいい。




ちらりと彼を盗み見ると彼はすぐに気付いて


優しい表情で小首を傾げた。


それにニシシと笑って「なんでもない」と答える。


それだけでいい。


こんな。


なんでもない日常を待ち望んでいた。




「(けど…)」




このなんでもない日常は約束されたものなんかじゃない。









 +









「あー。一部屋しか空いてないんだ。すまないねぇ」




コーリンゲンの村に一つしかない宿屋で開口一番


そんな事を言われるものだから、とロックは


目をぱちぱちと瞬かせ顔を見合わせた。




「「なら俺(僕)が床で―」」




寝るから大丈夫という続きはお互いが口を塞いだことで聞こえなかった。


宿屋の主も「おやおや」という目で見ている。




「いや、なんでが床で寝るんだよ」


「え、なんでって。いつもセリスたちには…」


「あーはいはいいつものヤツな。」


「その馬鹿にしたみたいなあしらい方すごい腹立つんだけど」


「こういう時は女がベッド使うものなの」


「何エドガーみたいなこと言ってんだよ」


「世界の常識なんだよ!」




久々の言い合い。


折れない2人。


店主はははは、と豪快に笑って




「なら宿泊ってことでOKだね。宿代は1人分でいいよ」




と豪快に言い放ち、カギを差し出した。









 +









部屋に入るなりは思考の隅でまとまっていた


今後についての話を始めた。


仲間を乗せた飛空艇は現在ガウを探しに向かった


カイエン、マッシュを迎えるために獣ヶ原にいっている。


きっとこの場所への往復には早くて5日。


長く見て1週間ほどはかかるのではないか。


その時間じっとできる2人ではない。


村人からの話を聞き、新たな仲間を探しに向かうのも


ひとつの手段では?とは話したのだ。




「ねぇ、聞いてるの?」




それに対してロックといえばこれ以上ないほどに緊張していた。


ロックは「あ、あぁ」と曖昧に返事をしたが


内心かなり動揺していた。


一年ぶりに再会する彼女と同じ空間で一夜を過ごす。


そのことだけが頭の中をめぐっていたのだ。




「(いやいやいやいや…)」




よからぬ邪心がざわめくのは悲しいかな男の性。


それを振り払うように頭をぶんぶんと振った。


が1人不思議そうに見ている。




「…変なの。ロック先にシャワー浴びる?僕先いい?」


「あー先どうぞ」


「うん、じゃあ行ってこようかな」




荷物をまとめたかと思うとさささと奥に入ってしまった。


シャワールームの扉を閉めたあたりはせめてもの救いだった。


ロックは深く重い息を吐いた。


ベッドにばさりを背中を預ける。


扉一枚挟んで聞こえてくるのは水音。


カァアと顔が熱くなるのを感じた。




「(免疫がないってのも考え物だよな…)」




自分も、彼女も。


そうだ、確か。


旅を始めたころも少しこんなことがあったらしい。


自分は気づいてなかったが、今までほとんどの


生涯を男にまぎれて過ごしていたせいだと


セリスは話していた。




そういえば。


どうして男として過ごしてたかって聞いたことなかったな。


として動くため?


帝国兵として動かしやすかったから?


本当に?




「(おそらく、だけど)」




違う気がする。


裏で操作していたのがアイツなのだから。


に聞けばわかるだろうか。


に……。




ギシリ。


ベッドの一部が沈んだ。


そのせいで




肌に熱気のようなものを感じて慌てて目を見開く。


すると視界には水気を含んだ桜色をさげ、自身を覗き込む


の姿があった。


キャミソール、ショートパンツ。


今まで女らしい彼女のパーツをあまり見たことがないロックは


それでけで「うわぁ!」と叫んでしまった。




「そんな驚くことないのに」


「ふ、服を着ろ!」


「だって」


「だってじゃない!」




余りに近くにが膝をついていたせいで


ロックが起き上がろうとすると熱気を伴う肌に触れて


余計胸をドキドキさせた。


そんな彼の心情など知らないは小首をかしげている。


まいった、と言わんばかりに頬をつねってやった。




「他の男の前でそんな薄着になるなよ?頼むから」


「どうして?」


「どうしてって…。い、いろいろ危ないからだよ」


「?ロックの前では危なくないの?」


「そりゃあ危ないけど」




言った後でかぁっと顔が熱くなるのを感じた。


くそう、本当に襲ってやろうか、という邪心にさえ苛まれる。


根負けしたロックは抵抗をやめてベッドに沈みこんだ。


解放させるようにバンダナを外すと銀の糸がシーツに散った。


見とれる、




「ねぇ、ロック」


「…んー?」




手の甲を額に当てて生返事をする彼。




「髪、触っていい?」


「…ん」




短く返事をした。


少しだけずらして開けた視界。


ロックは薄く微笑んで腕を引き寄せた。


覆いかぶさる


見下ろすようにして念願の彼の髪にそっと指を通した。




「わ、わぁ…」




何がそんなに嬉しいのか。


彼女の口からはそんな歓喜にも満ちた声がこぼれる。




「そんなに嬉しいか?」


「…ずっと触ってみたかったんだ。綺麗だなって思ってたから」


「ふーん」




自分の髪を綺麗だと思ったことはない。


でも。


悪くないと思った。


少し熱を帯びた指が心地よい。


湿気を含む髪を背中へと払ってやると左肩にあるものを見つけた。




それは。




不愉快なほどにうごめく黒い痣だった。














←Back Next→

あとがき

116話です
しっとりと甘く。
書いててラファエルはそういう知識はあるが
鈍感さん、って感じになってますね。
うぶそうなロックさんは苦労しそうだなぁ…
ということでぽちり (殴)
inserted by FC2 system