Angel's smile


















 この長い戦いが終わったずっとずっと先でいいから――…















 守りたいもの 117
















それは。


どす黒くうごめいていた。


肩のラインから鎖骨、胸や腕にかけて広がっている。


ふちは赤黒く不快な色身を帯びていて、一目見ただけで


ざわりと鳥肌全身に広がるのを感じた。




まるで暗黒物質。


よく見るといたるところに古傷や火傷の後、


痣などが残っているがそれとは全く別物の何か。


生き物のようなそれは確実に彼女をむしばんでいた。


今もゆらゆらと動いては彼女の体を侵食しているようだ。




― 闇だ ―




ロックはそれを見た瞬間ぞくりと全身が粟立った。


今までに感じたことのない恐怖。


嫌悪感。


大きく開いた両の眼はしっかりとそれを映していた。




「あぁ、これが気になるの?」


「お前それ…大丈夫なのか…?」


「やばい、と思う」


「はっ――!?」




そっとその個所に触れては言う。


剣を持つとは思えない華奢な指先でそっとなぞる。


落ち着いた調子だったためロックのほうが大きい声を出してしまった。




「原因とか、なんとなくわかるんだけどね」




そう言って少しだけ目を伏せた。


ロックは知りもしないがデスゲイズとの戦闘での傷だ。


きっと、そのせいだと思う。














 『カカカッ――』


 『――え、』




 爪が、皮膚に食い込む。


 それだけでの視界は大きく揺れた。


 毒が回るように染色していくようだった。


 むせ返りそうなほどの違和感にのトランスは解け、


 翼をなくした天使のように地へと落ちていった。


 腕を押さえ込み闇の力がはいずる感覚を必死に押し堪える。














… ケアル …




触れた個所が淡く緑色の光を宿して痣全体を包み込んだ。


穏やかな春の心地を思わせる様な温かい光。


この温かさに何度も助けられ、癒され、守られてきた。


しかし。




― バチィ ―




「っつ……」


「!?」




激しい激痛に顔を歪ませる


闇を退けるための白魔法だが闇の力は強すぎた。


魔法同士は反発しあい、結果から言うと闇の力が勝った。


ズキズキと電流が走ったような痛みが“ケアル”を施した


箇所から全身へと広がる。あまりの痛みにぎゅっと奥歯をかんだ。


ぐっと指先に力を加えると少しだけ震えた。


そして言葉も、震えてしまった。




「僕の力じゃあ…もうどうしようもないんだ」




悟りきった目。


  息が。


覚悟を決めたそんな、目。


  出来なくなるくらい。


寂しそうな、目。


  ひきつけられた。




強がりが混じって見えたのはきっと付き合いの長さがあったからだろう。




「このままだと多分僕は――」




聞きたくない。


ロックはそう強く感じた。


思った。


皆まで言わせたくない、と。


その次に来てしまう言葉がどれも自分の望まないものであると。


落胆するほかない言葉が来るのだとわかっていたからだ。


頭で考えるよりも先に言葉を送り出した。




「なぁ!」




さえぎる。


かぶせるように。


言わせないように。


言わせてしまったら、脳裏に浮かんだいくつかの予想が


そのまんま現実のものになってしまうことが怖くて。


ロックはの言葉を言葉で塞いだ。


停止する思考。


会話。


茶褐色の瞳がロックを映して自然と素直になれた。




「触っても、いいかい?」




静かに、言った。


彼女は少し考えてそして、困ったように笑った。




「ロックに、うつったら怖いな」


「大丈夫だよ」


「いやでも、わかんないし」


「そうじゃなくって!……うつして大丈夫だって事」




出来るだけ明るいいつもの調子で言い放つと


予想通り彼女は眉間のしわをより一層深いものにした。


困っている。


困らせている。


そんな事わかりきっていた。


自分のことは簡単に傷つけられるのに。


対象が他人になるとこんな風に急に戸惑うんだ。




ゆっくりと。


手を彼女の頬に伸ばす。


触れそうになる時一瞬彼女が拒むように身を引いた。


そして小さく「怖い」と呟いた。




「怖い?」




俯く彼女に復唱して返すと小さくこくんと頷いた。




「俺が、傷つくのが?」


「…、」




今度は少し長い沈黙があった。


部屋にかかっている時計の針の音がやけに


うるさく感じたくらいだった。




「なぁ


 今じゃなくていい。


 この長い戦いが終わったずっとずっと先でいいから」




そう前置きを置いてロックは俯く彼女の額に自分のものも重ねた。


重なった額同士から体温が伝わる。


シーツの上で寂しそうにしていた彼女のあいた手を握り締める。


握り返したほんの少しの力が嬉しかった。




「負い目も、しがらみも、全部乗り越えた後でいいから




 自分を――許してやってくれ」




の過去を、ロックはすべて知っているわけではない。


周りから聞いたものより、彼女から聞いた話のほうが少ないからだ。


生まれてから今に至るまでいろんな経験をしてきたはずだ。


知らない。


知らない…けど。


きっといろいろな後悔や絶望を味わってきたんだろう。




「…」




自分を許せないでいるはずだ。


『5分間で100人以上の帝国兵を暗殺した帝国の兵器』


許せなくて。


『裏切り者――』


許せなくて。


『ぜーんぶ見殺しにしてきたくせにぃ――!』


許せなくて。




自分を殺してきたんだ。




ロックの指が彼女の頬へ。


今度は拒むことをしなかった。


あたたかく頬を濡らす涙をぬぐってやる。




「いい?」




彼が優しく尋ねる。


指は頬からゆっくり下がって顎のラインをなぞる。


そうしてだんだん下に降りていき、首、鎖骨、そして


黒々とうごめく闇が潜む部分へ近づく。


小さく。


でも確かに頷いた。




自分の体に刻まれる闇に触れること。


そして。


いつか先の未来、自分を許すこと。


現在と未来。


その両者に彼が立ち入ることを、受け入れた。




「守ってくれるんだよね」


「あぁ。必ず守るさ」


「…うん」




そういうとまつ毛を涙で濡らしながらは微笑んだ。


ぎゅ、と両手でロックの服の裾をつかむ。


ロックは肌着の肩紐に指先を絡めてそのまま、腕へ。


肩ひもという障害が消えて肩のラインがきれいに見えるようになった。









そして、触れた。守るように、優しく。優しく。














←Back   Next→

あとがき

117話です
あまあま続きの回です。
今回でひと段落してそろそろまた
冒険に繰り出したいところですね。
書くの楽しみだけど休みないぞぉ……
ということでぽちり (殴)
inserted by FC2 system