Angel's smile


2019.04.14















日に日に自分を飲み込んでいく闇の恐怖から逃れるように、剣の柄を強く握りしめた――…















 守りたいもの 119
















戦う力がなくなった。

その言葉を聞いて、魔法も剣術も一切通用しなかったあの時のことを思い出した。

あれは確かコーリンゲンからゾゾに向かう道中のことだった。

過去の過ちとこれからのことに悩んで、でもどうしようもできなくって。

ただひたすらに苦しかったのを思い出す。

幻獣である母と人間である父、そしてそのどちらでもなくどちらでもある私。




寂しいと思う。

この気持ちは何だろう。

苦しくなる。

胸が締め付けられるようだった。

痛い、痛い、痛い…

それは知らない感情だった。


『あれ?』


開いた手の平からは、何も感じられなかった。


『悲しいとか、さびしいとか、そんなんじゃなくて…。もっと』


分かりかけてきてはいる。

けれど答えまではまだたどりつけていない。

不安になるキモチ。

知らない感情の芽生え。

このキモチは何?

この感情は何?

この痛みは何?


きっと自分で見つけないといけないものなんだ。


『今の僕に“魔法”は使えない……』




月日が流れるのは早く、あれからもう1年が経とうとしている。

ナルシェ炭鉱に氷漬けの幻獣の調査に行きもう少しで2年。

月日が経つのは本当に早いものだ。

今、自身の手をふと見ると三闘神に一旦は全部抜かれたとは思えないほどの魔力が両の手のひらから満ちてくるのがわかる。

自分の中で答えが見つかった時、失った戦う力がまた湧き上がった。

言葉では言えない、もどかしさ。

言葉では納得できない難しさ。

ティナだってそれはわかってる。

それが、歯がゆいのだろう。

はそっと彼女に寄り添い、それに応えるように彼女は頭をに預けた。


「そう。自分で見つけるしかないのね、私なりの答えを」

「そうだね」

「わかりかけてきているの。もう少しで答えが見つかりそうで…」

「ティナならきっと見つけられるよ。それまで僕が付いてるから」


そう言い放ったのはのほうだった。

明らかな好意にだけではなくロックまでもが気持ちに気づく。

から注がれるのは深い愛。

妹に送るものとはまた違う、何か。


「私が気付くしか……」


ティナの小さな呟きが最後かき消されてしまう。


ゴォオオン

ゴォオオン


地響き。

その場にいた全員が身構える。

この大地を揺らすような地響きは以前にも聞いたことがある。

否、以前よりもその地鳴りは深みを帯びたもののように感じる。

以前の戦いを知らないロックだけが何事だと驚いていた様子だったが、双子の反応を見てすぐに戦闘態勢に入ってくれた。

なにがなんでも、この場所を守り抜かなければならない。

緊張が走る。


「考える時間もくんないわけね」

「すげえ地響きだな。ほんっと、魔物が凶暴化してて困るぜ」

「ほんとそれ。…ティナはここに。ロックと兄さんでフンババ退治と行きますか」

「でも」

「大丈夫だよティナ。ここでカタリーナとディーンの傍にいてあげて」

「………」


が優しく言うとティナは力不足を悔いるように俯く。

悩みを深めることにはなるかもしれないが、この状況をいち早く丸く収めなくてはという思いから、三人は頷きあうと、地上へと走り出した。




 +




「ねぇ兄さん前よりもでかくなってる気がすんのは気のせい?」


残されたモブリズの街をもうこれ以上傷つけないようにと、ぐっと前線に出てみると、その魔物の全貌に呆気に取られてしまう。


「どこかしらでたらふく栄養補給してきたんでしょうね」

「おーこわこわ。悠長なこって」

「…。お二人さん、盛り上がってるところ悪いけど、構えてくれる??」


が呆れながら剣を抜くと、牽制の意味を込めて懐へと飛び込む。

ぶん、と大きく振りかざされたの胴体よりも太い腕はぎりぎりで回避したものの、風圧でうっかりバランスを崩しそうになる。


「ロック、兄さん、コイツ弱点は毒だよ。隙作るわ」

「おう、絶対に油断すんなよ」

「………」


そう言うなり、剣を両手で構えて背後を取りながら少しずつ、ただ確実にダメージを与えていく

が妹の戦い方に違和感から確信を得る。

幻獣と人間のハーフである兄のに魔法の指示を出すならまだ百歩譲っても理解できる。

けれど、本人だって魔法が大得意なくせに、何故魔法を使わず剣術で戦おうとするのか。

大きく目を見開いて信じたくない事実を言葉にしようとした時、隣に降り立ち慣れない魔法の詠唱を終えたロックがぼそりという。


「後で説明する」

「……了解」


… バイオ …


にばかり夢中になり、目の前を飛び交う虫をはらうように腕をぶんぶん振るっていた彼女を振り払おうとしていた矢先の大振りでバランスを崩す巨体。

それにタイミングを合わせるかのようには頭を蹴り飛ばし一気に距離を置いて、二人の魔法を顔面に当たるように誘導をする。

一瞬のすきを見ての判断。

前線は離れていたが勘は鈍っていないらしく、は海に沈む巨体を睨みつけ、ふうと息を吐いた。


「ナイスっと」

「――!、足!」

「…ッ!」


警戒を解いたわけではない。

が、筋肉馬鹿かと思いきや意外と知性もあったようで水面に沈んだはずの巨体はの足を掴みまた浮上してきた。

武器を手放さなかったのはせめてもの救いであるが、逆さに吊るされ、足を捕まえられたこの状況。

ロックとも下手に魔法を唱える事も出来ずに、ぎり、と固唾を飲み込むしかなかった。


「くっそ、この馬鹿力め」


いつ折れてもおかしくない握力に顔を歪める

何とかこの状況から抜け出さなくては、とささやかな抵抗を重ねつつ、懸命に思考を巡らせる。


「させない!」

「!ティナ!」


その状況を見兼ねて部屋から飛び出してきたのは、ティナの姿に一同が驚く。

けれども先ほどとは目の輝きが違うことに気づいたはロックとティナに作戦を伝令する。


「ロックさんはの救助を!僕たちで援護します」

「ああ、任せたぜ」


瞳に輝きは戻ったが未だに戸惑いを隠せずにいるティナには目を合わせてしっかりと頷く。

大丈夫。

そういうかのように。

それにほっと胸をなでおろしたティナはに強く頷き返し、フンババを見やった。


「行くよティナ」

「ええ!」


… トランス …


ぶわり、と魔力が解放される。

幻獣の姿となった二人に怖いものなどなかった。














inserted by FC2 system
←Back  Next→
よろしければポチリお願いします。 ぽちり (殴)
inserted by FC2 system