Angel's smile
















彷徨う心――…















 ヒロガル キョリ 34
















フィガロの地下には面白い機械装置が存在していた。


どうやらこれが、以前火事になったフィガロ城を


大地の中へと沈めて守った装置らしい。




「えんやこーらー」




という老人の不思議な掛け声と共に始動したフィガロ城。


揺れが収まった頃にはコーリンゲンへと出現していた。





「(大地の中を城ごと通るのか……。流石、フィガロの機械技術といったところか…)」




ぼんやりと頭の隅でそんなことを考える


足を向かわせたフィガロの入り口ではヴァーユとトールが


ほんの少しの不満を表情に出しながら送り出してくれた。




「お気をつけてっす…」


「いってらっしゃい」




「いってきます…」









 +









フィガロ城をでて西に少し歩いてすぐにコーリンゲンという町に出る。


その町に妙な違和感と胸騒ぎを同時に覚える


注意はしておくか…とはメンバーの後をついていく。


注意はするが、相変わらず話すことは無い。


それはこの土地に来て目に見て取れるほどに消沈しているロックを気遣っているのかもしれない。




「おれは…守ってやれなかった…」




小さな呟きがの耳へと届く。


聞き返そうとするをエドガーが頭に手を置くことで止めた。


静かに首を振るエドガーは、




「ここは、ロックの昔の恋人が眠っている家なんだ…」




ということを、そっと教えてくれた。


見てみればエドガーの表情もどこか雲っていて、事の深刻さを感じ取る。




「………ん?」




続けて疑問符を浮かべたエドガーは頭にのせていた手の平を額へと移す。


やや嫌々をするに、エドガーが眉根を寄せる。




「具合が悪いなら―――」


「平気だ。ただちょっと調子が悪いだけ。…平気」




言葉をかぶせるように制したエドガーの言葉。


二度も「平気」という単語を使ったは手をひらひらさせながら


いまだに心配そうな様子のエドガーから離れた。


ドクン…と感じた今日何度目かの胸の高鳴りを紛らわせるように、


階段を下りていくロックの後をそっと追った。




………けど、降りるべきではなかった。









 +









たくさんの花束に包まれた部屋。


其処に足を踏み入れただけで甘いバラの香りが鼻をくすぐる。


その中央には1つのベット。


そして横たわるのは………









息が詰まりそうなほど狭く感じる四角い空間。


小さな窓がひとつ。


光が差し込む。


そこから見える三日月が余計寒さを感じさせた。


冷たい氷輪。


目を閉じるとそこには…









「?」




横たわるのは若い女性。


目を閉じたその姿はまるで眠っているよう。


彼女を見て、脳裏によぎったのはあの夢。


彼女の…夢。


彼女が………


…………彼女を…?




「(…っ……もしかして……)」




足が止まる。


向きを変えて、今下りてきた階段を上り始めた。


焦っている気持ちが足音となり、存在を気づかせることになった。




「…………?」




静かに振り返ったロックが、先ほどまでの場所を見て首をかしげた。









 +









「ついていったんじゃなかったのか?」




部屋の入り口で、マッシュがなにやら慌てている様子のに声を掛ける。


だがはマッシュの問には答えず、一時的に足を止めてすばやく用件だけを言う。




「少し…確かめたいことがある」


「……。雨降ってるから早めに切り上げてこいよ。宿にいるだろうからさ」


「………ああ」




さらりと扉をくぐった


そんなに違和感を覚えるマッシュ。




……」




呟いた言葉は雨の中に消えてしまった。









 +









息を切らせてまで確かめたかったもの。


酸素を求めて肩が上下する中、は全身にまとった雨水をぬぐうこともなく、


町の西側に存在する一軒の家へと足を踏み入れた。


誰もいない部屋の中を見渡して、疑問が確信へと変わる。




「そういう…ことか」




静かな部屋の中に響くの声。


いつもより微妙に低い沈んだ声色。


口元からこぼれるのは自嘲の笑み。


は天井を見上げて、ため息をついた。




「馬鹿だ、私…。何で気づかなかったんだろ……っ」




小刻みに震えるアカイロの手の平を握り締めて、その場にしゃがみこんだ。









 +









「具合はどうだった?」




寝室で一足先に眠るの様子を見に行ったセリスに、ロックが問う。


雨に濡れたせいか…


はたまた別の原因か…


は宿へと戻ってから一段と体調が悪い。


セリスは無言のまま首を横にふった。




「少し…魘されてるみたい。…あと熱も…。


 ティナや…のこともあるし、少し気持ちが焦っているのかも…」


「そうか…。とにかく今はゆっくり休ませるのが一番だな。ここで慌てたら、アイツがもっと無理をする…」


「そうね……。後ロックも……少し休んだら?」


「ああ…」




素直に頷いたロックはいつもよりいくらか気分が落ちている。


それはこの土地が彼女のことを思い出させるのだろうか…


ゆっくりと立ち上がる彼は「アイツの様子見てくる」と言い残して、ドアノブを捻る。


背中にセリスの二つの返事を聞きとめると、その重い足をの眠る部屋へと向かわせた。


廊下を少し歩き目的の部屋のドアノブをノックもなしに開ける。


開いた其処は思っていたとおり暗い。


この部屋の使用者が眠いっているのだから当然なのだろうが…




「………ん?」




否、起きていたが。


上半身だけを起こすようにして、遠くのほうを見つめている。


暗くても息遣いで分かる息の荒さ。


見なくても分かるように苦しそうだった。




「…起きたら駄目だろ、まだ寝てなくちゃ…」


「…ック……」


「焦る気持ちは分かるけど今は………って、何?」


「話とかなきゃ…いけないことが、ある……」




どう見たって話せるような状態じゃない。


ロックは「熱が下がったらいくらでも聞いてやるよ」とを寝かそうと試みる。


…が、それを制したのはほかでもないだった。


強い眼差しに当てられ先に折れたのはロックのほう…




「もっと…早くに気がついて、言うべきだったんだ……」


「…?」


「それでも、やったってことには変わりは無い…。攻めるなら攻めればいい、僕を…ね」


「…何の話だ?」




荒い呼吸の中で紡がれた言葉達。


暗さに目が慣れてきたロックはようやくが震えていることに気がついた。


声もどこと無く震えている。


怯えている


その先の言葉を紡ぐことを


恐れている


この関係が壊れてしまうことを…









「ロックの恋人……レイチェルを殺したのは私なんだ」














←Back /Next→

あとがき

34話目更新です。
最後の展開はこの連載を始める前から考えていたものです。
ヒロインを帝国の人間にするというのも
それが理由だったりします。
書いていて、読んでいて、触れて、悲しくなってしまうのは
心がついつい“共感”や“同情”を求めてしまうからだと私は思います。
少なくとも私はそうです。
そんなときに限って落ちる話ばかり読むんですけどね。

出口の無い迷路の中で迷って、足掻いて、苦しんで…
最後に笑えるように…。今頑張るんだよ
[Angel's smile]はそんなお話です。

…どうかヒロインさんを…嫌わないでくださいね…
inserted by FC2 system